(2020.05.04)(恋仲)(ずっとちゅっちゅしてます。苦手な人回れ右!)









 伝心









塞がらなかった隙間から、どちらのものかわからない吐息がこぼれて混ざりあう。

それすらも惜しむようにぱくりと食らいつくと、俺を求めるようにしがみつく彼女の手に力が入った。

欲求を満たすように角度を変えて何度も何度も口付ける。

薄く開いた視界には生理的な涙で目を潤した姉ちゃんが、煽る様に自分を見上げて来てタチが悪い。

リップ音に混ざって彼女の俺の名前を呼ぶ声や、気持ちよさそうに鳴る音にクラりと眩暈がした。


(やばい、やばい)


はじめは本当に軽い戯れのつもりで。

いつも1枚も2枚も上手な彼女が自分の前だけで見せる赤面した顔が見たいなぁとか、ちょっと最近俺の事後回しにしすぎじゃない?とかそんな不純な動機で。

お互い鬼狩り任務で遠方に出ることが多かったからすれ違ってばかりで、ようやく会えたと思ってもそこにいるのは当然“皆に愛される姉ちゃん”で。

後からの言い訳はそれはもう、つらつらと出てくるけれど、結局は恋仲になったばかりだというのにという寂しさだとか、ヤキモチだとか、きっかけはそんな感情。

気付けばこんなに大きく膨れ上がっていたなんて、自分でも気づかなかった。


(どうしよう、止まらない)


彼女をちょーっとばかし独占出来たらそれでちゃんと我慢しようって頭の隅ではちゃんと思っていたというのに。

今でも、もうこれでお終いにしよう、嫌われる前に止めなくてはと頭の中で警報が鳴ってるのに、姉ちゃんが拒絶しないのをいいことに続行してしまう意志の弱い自分。

触れ合うだけのそれは、決してそれだけでは終わらずに段々と深く濃いものに変わっていく。

それは今まで踏み込んでいなかったところまで深く混ざり合う。

唇の隙間に舌を入れ込んで、戸惑う彼女をよそにざらりとした感触を楽しむ。

流石にそれには驚いたようでは熱を帯びた声色で「待って、ぜんいつ」と力なく自分を押し返した。


「…」


ふー、ふー、と互いに荒い呼吸を繰り返す。

そんな事が気にならないくらい姉ちゃんへの申し訳なさと、やってしまったという動揺が頭がいっぱいに埋め尽くされた。

嫌われてしまう。

こんなことして。

せっかく正式に恋仲になって満足してたのに。

満足できてたのに。

きっと彼女を怖がらせてしまった、と思うと目の前の彼女の顔が見れずに俯いてしまう。


「ごめん、姉ちゃん。突然、こんな事して…」


後悔の涙が思わず浮ぶ。

こんな酷いことしておいて、勝手に泣くなんて、なんて卑怯な奴なんだろう。

泣き止もう泣き止もうとすると、それ以上に想いが止めどなく溢れて来てどうする事も出来なかった。


「俺の事嫌いになるって言って。そしたら俺も、目が覚めるはずだから」


震える声で何とか伝える。

音が揺れた。

喉を震わせた音は自分が思っていたものより小さかったものだが、きっと彼女には届いただろう。


「善逸」


来る、と全身で身構えた。

今まで受けたどんな罵声や暴力よりもそのどれよりも効果的で一番自分が恐れている言葉のはずだと怖くなる。

今までしがみつくように俺の浴衣を握っていた彼女の手が解かれ、そろそろと俺の頬に触れた。

こんな時でも姉ちゃんの手は温かくて、優しくて、簡単に勘違いしてしまいそうな自分を自嘲するしかなかった。


「私の目を見て」

「…」

「じゃあ、私の音を聞いて。私は今、どんな音がしてる?」


優しい声だった。

それだけで許されたような気持になる自分は重症だと思った。

涙を拭ってくれるのは決して女の子らしいものとは言えない傷だらけの手。


(俺の大好きな、人を護る優しい手)


自分が中々、姉ちゃんの問いに答えられずにいると、彼女は膝の上で行き場を無くしていた手をすくいあげて自身の胸元に手をやった。

興奮して敏感になっていた聴力に助長するように彼女の心臓がより一層強く感じて伝わってきた。


「好きだよ、善逸」

「…っ」

「嘘ついてる音してる?」


勢いよく首を横に振る。

音ははじめから自分を拒絶するだとか嫌うだとか、そんな音はしていなかった。

今だってそうだ。

一瞬の戸惑いや驚きの音はあったが、今の大半を占めているのは自分を気遣う優しいもの。

姉ちゃんに拭われてだいぶクリアになった視界で彼女を見上げると「やっとこっち向いた」と悪戯っぽく笑った。


「どこかでね、きっと私の思いは音で伝わってるはずって勝手に思い込んじゃってたんだと思う。でも、そうよね。善逸は聞いた音よりも目の前の私を信じてくれたものね」

姉ちゃん…」

「嫌いになんかならないよ。確かにちょっと吃驚したけど、私も…その、善逸が今まで我慢してくれてたこととか、私が思ってる以上に大事に思ってくれてることとか、伝わってきてわかったし…」

「え?」


そういって今度はの方から恥ずかしそうに目線を逸らした。

頬を赤らめながら触れているのは自身の唇で、それを見て勘の働いた俺ははっとなる。

姉ちゃんはいつも音の振動を咥えた簪から得ることが多い。

それはよくよく考えれば唇、もしくは舌を使って振動から情報を得る習慣があるという事。

カァっと顔が熱くなるのを感じた。

想いが伝わって返ってくる。

それが確認できるのがたまらなく嬉しくて、先程とは違う意味の涙がこぼれそうになる。


「大好きだよ、姉ちゃん」

「うん、私も好き」

「好き」

「うん」

「好き…」

「ふふ」


ぎゅうっと強く彼女を抱きしめると背中に回ってきた手が同じように背を優しく撫でてくれる。

緊張が緩んで一気に全身に安心感が駆け巡ると同時に、今まで抑え込んできた“好き”の気持ちが溢れ出して仕方なかった。

途中からは「もう」と照れ笑いをしながら背を撫でてくる彼女が愛おしくてたまらなくて、あれほど満喫したばかりなのにもう口元が寂しくなる。

腕を緩めてちらりと彼女の顔を覗き込んだ。


「…もっと伝えたいんですけどいいですか?」


続きをしたい、という意味を込めて恐る恐る尋ねると、姉ちゃんはやっぱり少し恥ずかしそうに笑って受け入れるように目を閉じた。














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