(2020.05.08)(修行時代・出会いの話)









 姉弟 前









、頼みがある」


桑島師範の言葉に二つ返事で快諾すると、居心地の悪そうに目を泳がせて桑島師範の背中を引っ付いて歩く少年ににこりと微笑みかける。

歳で言えば同い年くらいか。

同年代のそれよりもいくらか痩せ細っていて、血色も悪い彼は、慣れない場所で戸惑っているのか不安そうにしていた。

元鳴柱というだけあって、師範を訪ねてやってくる剣士見習いは多かったが、師範自ら連れてくるのは中々に珍しい。

自分のように何か止む終えない事情があるのか、はたまた師範が彼に何かを見出したのかはわからないが、兎に角師範の頼みを断る理由だけはどこにも見つからなかった。


「稽古の途中じゃったか」

「先程まで獪岳兄さんに手合わせをしていただいていました。この子は?」

「育てることにしたからしばらく面倒を見てやってくれ。…ほれ、名乗らんか」

「ひっ。えぇっと…我妻善逸です」

「善逸ね。私は。年も近そうだしでいいよ。…師範、箪笥から適当にお着物見繕ってあげてもいいですか?」

「すまんが任せる。善逸、今日のところは間もなく日も暮れるから稽古は明日からにしよう」


え、稽古?ときょとんと問い返したのを一度聞かなかったこととして、は善逸を招いて屋敷の中をんずんと進んでいく。

置いていかれないように、と慌てて後を追う善逸。

善逸もそれなりに汚れた身なりをしていたが、彼の前を歩くも話の中であった“稽古”とやらの途中だったらしく土だらけ、痣だらけで思わずごくりと生唾を飲み込んだ。

なんだか、とんでもないところに来てしまったようだと思うと青ざめる顔面。

明日から迎える“修行”とやらが今から不安しかなくて、すたすたと歩く彼女についていきながら怯えるしかなかった。


「き、君も、ここで修行してるの?」

「そうよ。もう季節が3つ巡ったから、かれこれ10か月になるかな」

「そんなに。女の子が危ないよ!腕だって顔だって傷だらけだし、それに――」


振り返った彼女とぱちりと目が合った。

急に歩みを止めたから条件反射で怒らせてしまったのではと「ごめんなさい!」と声をあげてしまったが、彼女から出る音は変わらず温かいままだった。

「あ、やっと目が合った」と微笑む彼女の指先は、善逸の伸び散らかしたままだった前髪をかき分け、額に優しく触れる。

何かを考えてるらしい彼女がふと結論を出すと、


「お腹空いてるよね。冷や飯なら残ってると思うから先におにぎり作ってあげる」


と指を離し、踵を返すように台所の方へと歩みを進めた。


「え、でも俺お金持ってない…」

「ふふ、大丈夫。私もここに来る時一銭も持ってこなかったから。あ、夕食は別にちゃんと作るからみんなで食べようね」

「…俺も一緒に食べていいの?」

「勿論。――ご飯は皆で食べたほうが美味しいのよ」


今まで出会ってきた女の子の誰よりも、隙もなければ掴みどころもなかった。

不思議な子だなぁ、なんてぼんやり頭の中で考える。

ぐぅ、と音を立てて鳴る腹の虫が空腹感を知らせてくれた。




 +




手際よくおにぎりをこしらえたかと思うと、善逸がかぶりつくように食べている合間に風呂を沸かし、先に旅立った兄弟子たちの古着を適当に用意してくれた

夕食時には他の弟子たちへの紹介もしてくれ、桑島師範と呼ばれたじいちゃんの言いつけ通り何から何まで面倒を見てくれた。

話によると同い年らしい彼女は夕食の後、あたりは真っ暗だというのに昼間の稽古を補うように修行に出掛け、善逸は案内された部屋で一人ごろりと天井の板目を眺めていた。

惚れた女には相手にされず、騙された挙句に借金まみれ。

齢15にして今後は借金返済の労働人生がほぼ確立していた矢先に救世主のように彼は現れた。

あんなに美味しいご飯を食べたのは初めてだった。

見上げると雨風を十分にしのげる屋根と土壁が目に映る。

「お古だけど」と湯浴みの後に袖を通した着物は自分にぴったりで、少々箪笥の匂いが付いていたくらいであとは全く気にならなかった。


(ご飯もうまかったし、風呂も気持ちよかった。あー俺このまま死んじゃうのかも)


目を閉じて両腕を思い切り伸ばすと、自分様にと用意された布団もある。

今晩はあれで寝るんだ。

なんて幸せなんだろう、と思うと自然と目に涙が浮かんできた。


「…?」


りん、と音が聞こえて来て善逸は飛び起きた。

この音には聞き覚えがあった。


(あの子だ。修行から帰ってきたんだ!)


夕食が終わって時間はだいぶたっていた。

あたりは暗く、月はもう真上にある。

耳を澄まして聞いていると、息はだいぶ疲弊したそれで、こんな時間まで一人で剣の稽古をしていたんだとはっとなった。

彼女の音は真っすぐに入浴場に向かい、今日一日の疲れを落とすことにしたらしい。


(こんな時間まで、頑張り屋さんなんだなぁ。……あれ?)


微かに聞こえた音が聞き間違いじゃなければ、おそらくは。


「…泣いてる?」


再び畳に背中を落としふっとため息をついたときに気づいた違和感に気づけば体が動いていた。

手拭い1つ掴むと足は彼女の元に向かって走っていた。














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