(2020.07.01)(Web拍手掲載夢)




 




 怖い夢









「なーに怒ってんの?」


ため息まじりにがそういうと、善逸は彼女に背を向け座り込んだままぶっきら棒に「別に」と吐いた。

不機嫌を隠しきれない様子の自分に、そんな風にした張本人でもあるは、ふっと息を緩めて彼の背中に自分の背中を合わせて座った。

名前を呼びながら少しずつ重心を彼に預けていくと、彼もまた少しずつ気を許すようにへとその重心を返していく。


「私がさっき言ったこと?」

「…」

「善逸だから頼むんだよ」


押し付けがましいことは重々承知の上なんだろう。

それでも言葉を撤回する気のない姉弟子に善逸は唇をギュッと固く結んで自身の腕を痛いほど強く握りしめた。

頭の中は何度も同じ言葉が再生されていて耳から離れない。


『善逸。私が鬼になったら、迷わず私の頸を切るんだよ』


触れ合った背中同士からどくどくを鼓動が、生きてるという音が聞こえてくる。

お互いに音に対しては感じ取りやすい体質の2人。

これだけ近くにいればたとえ背中合わせで顔が見えないと言えど、相手の音を通して互いの感じてることが手にとるようにわかった。

姉ちゃんは真剣だし、決して悪ふざけでこんなこと言う人じゃない。

それに善逸だってそれがわからぬほど馬鹿でも間抜けでもない。

そういえば前の晩。

単独任務から帰ってきたときからの心音はどこかおかしかった。

不安に怯えるような音。

善逸は目を伏せたまま静かに気持ちを吐き出していく。


姉ちゃんは鬼になんてならないでしょ」

「例えばの話だよ」

「…その例え話は、なんか嫌だ」

「でも、有り得ない話じゃない」

「…。姉ちゃんは絶対に鬼なんかになる人じゃないし、万が一にでもそんなことあるとしたら…いやだけど、俺が殴ってでも止める。 だからもうこの話はおしまい!次こんな話したら本当に嫌いになるからね!そんなの俺がやだからね!!」

「……」


半ば強引に話を終わらせる善逸。

家族にも似た感情を覚える、ましてや想い人でもある彼女の頸を切るなんてだれが想像できようか。

ちらりと脳裏をかすっただけでも罪悪感に苛まれて、胸が焼き切れそうになるのに。

それだけでカァッと目頭が熱くなるのを感じる。


「ごめん」

「…何が」

「気分悪くさせたから」

「…」


背中の温かさが消えたかと思うと向きを変えたのか背中にコツンと重みが加わる。

甘えることがドがつくほど苦手なからしたら、善逸の背中に頭を預けるなんて滅多にない。

ひょっとしたら聞き落とすこともあるかも知れないほど小さく、か細くはつぶやいた。


「怖い夢を見たの」

「怖い夢?」

「そう。起きたら目の前に家族がいて、私は迷わずその人の頸を切るの」

「……」

「チリみたいに消えていきながら、ありがとうって言われるの」


震える声にさっきまでの強さはない。

しっかりと彼女の音を聞いて、善逸は静かに目を伏せた。

体勢を変えてくるりと振り返ろうとすると「あ、今は…」と渋る声。

大丈夫見ないから、と真正面から彼女を抱きしめると押し殺したような泣き声がより間近で聞こえてきて、善逸はただずっと彼女の背を優しく撫で続けた。


(本当は俺よりもずっと泣き虫なクセに)


姉であらなくては、と意気込むは泣いている姿を見せる事をひどく嫌がる。

自分がこれだけ(それこそ炭治郎なんかには恥を晒すなと一蹴されるほど)泣きっ面を晒してるにもかかわらず、彼女はいつだって隠れて泣いてた。

人知れず泣いて、耐えて、堪えて、我慢するのが上手かった。

それを思えば、こうして自分にはちょっとした弱みを見せようとしてくれているのだから、一歩前進なのかも知れない。


「悪い夢は人に話すと吉になるって言うから、きっと大丈夫だよ」

「そうなの?」

「そうなの。…ほら、もう怒ってないからなんか美味しいものでも食べに行こう」


彼女が微かに頷いたのが、耳元の髪同士が擦れ合う音でわかる。

離れ間際、惜しむように彼女の頬に唇を押し付けると、彼女は少し赤くなった目をパチリと開いて、無防備で可愛かった。

その表情で全てチャラになるくらい自分は単純にできてるらしいと善逸は思わず口元を緩めたのだった。









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