(2020/08/28)(40,000Hitお礼夢)









 りんご飴









「あ、りんご飴食べ損なっちゃった」


ぱらぱら、と遠くの方で音が鳴る。

長いこと使われていない神社の鳥居ごしに打ちあがる今年最後の小さな花火を見ては思い出したようにぽつりと呟いた。

右手にはむき出しのままの日輪刀。

足元にはたった今切り落としたばかりの鬼の頚。

ちりちりと風にさらわれるように消えていくそれに目もくれず、は切なくなる胸をぎゅっと握り締めて静けさの戻る夜の闇を見つめた。

ふぅっと息を吐ききると、そういえば今日近くの川辺で花火が上がる話を善逸がしていたことを思い出した。









「うぃひっひ」


弟弟子兼、自分よりも1年後に鬼殺隊に入隊した彼のご機嫌な様子には眉をハノ字にして見つめ返した。


「今度はどうしたの。またそんなだらしない顔しちゃって」

「あのね~実はいい事聞いちゃったんだよねぇ」

「…どうせ鬼狩り関係ではないんでしょうけど。何、いつもの甘味処に新作が出たって言う話?」

「違う違う。勿論それも近いうちに姉ちゃん誘うつもりだったんだけど、今回はそうじゃなくって。今晩、花火が上がるんだって」

「花火…?」


きょとん、とした反応を返すと善逸は笑みを深めて嬉しそうに続けた。

は視線をくるりと回して、暦の上では夏祭りやらお盆やらそういった時期に入っていることを思い出す。

いかんせん日々そんな催しには縁のないのが鬼殺隊。

年頃の女児たちに比べて流行りものに疎ければ、任務が立て込む時期になると今がいつ時かもわからなくなってしまう始末。


「もうそんな時期なの。河川敷のところのでしょ?いっつも多くの人で賑わってる」

「そうそう。前に姉ちゃん小さい頃に行ったっきりだって話してたから、今年こそは行けたらなって思って!…ほ、ほら!去年はじいちゃんの目が厳しくて抜け出せなかったし」

「それは善逸が浮足立って全然稽古に集中しなかったからでしょ」


やれやれと肩をすくめて笑う

行こう行こうとだらしない表情で誘う彼は、人差し指をツンツンといじって「よければ一緒に花火みたいんだけど」と控えめに言う。

肝心なところで押し切れない性格なのは相変わらずで、恐る恐る尋ねるその様子はもう確信犯じゃないかと思えるほどに私を弱らせるものだった。

そんな風に頼めば断れないことを知っててやっているようなソレには優しく善逸の額を小突く。


「お互いこのまま任務がなければね」

「ホント!?本当に!?嘘じゃないよね、俺ちゃんと聞いちゃったからね!うぃひっひ、姉ちゃんと浴衣デートだ!」

「こら、まだ浴衣着るなんて私――」


喜んだのも束の間、の言葉が完全に呑み込まれる。

固まる善逸。

それはの動きにつられてではなく、が感知した“音”に善逸も気づいたから。


『――。指令!北東、今スグ向カウヨウニ!!』


彼を天から地に落としたのは言うまでもなく自分の鎹鴉の一声。


「んなっ!」

「残念。りんご飴食べたかったのに」

「んぬぁあああんでだよ!!よりによって、なんで今日なの!!」

「ってことだから当分浴衣デートはお預けみたいね」

「え、ちょっと、切り替えるの早くない!?ちょっと待ってよおう、おいていかないでよぉおおう」


さっさと諦めて準備を始めると、いまだに諦めがつかずにの腰にしがみつく善逸。

後にその二人を引き離したのはの「出来るだけ早く終わらせるから、間に合ったらね」なんていう子どもだましの一言。

そして二人の間に割って入るかのように叫んだ善逸の鎹雀の存在だった。


「嘘すぎでしょ…」


続けて彼の鎹雀まで別任務の指令の為にちゅんちゅんと鳴き出したのは、流石に気の毒でならなかったが、自分も鬼殺隊、彼も鬼殺隊…仕方ないと言ってしまえばそれまでだった。

時間は冒頭へと遡る――。




(早く終われば、なんて儚い期待だったなぁ)


びゅっと刀を一振りしてたった今切ったばかりの鬼の血を振り落とし、適当な布でふき取ると納刀する。

神主が不在なのをいいことに日中好き勝手に噂を広め、崇拝者を増やし、暗くなった後に訪れた参拝者を食らって生きるほんの少し知恵のついてきた鬼だった。

夜だというのになかなか表に出てこない警戒心が強めな鬼だという事は事前の調査で分かっていたので、はいつもの隊服ではなく浴衣姿で鳥居をくぐっていた。

まるで近くである祭りの参加者の一人かのように。


「善逸もあの後、半べそだったけど、無事に終わったかしら」


怪我なんてしてないといいけど、とは刀を羽織の中に隠して下山する。

結果から言うと花火はとうの昔に終わってしまって、階段を下りながら見る川辺付近は徐々に客がひいていくところだった。

出店もいくつか出ていたに違いないが、どこも段々と灯りを落とし、店じまいを始めている様子。

割り切ったように思い込んでは見たものの、やはり行きたかったなという後悔は胸に残る。

一度歩みを止めて悩んだ末に向かったのは、蝶屋敷の方面ではなく祭りが終わってしまった川辺の方角だった。


「流石にやってないか」


山を下りて川辺についた頃には上で見ていたよりもっと人の数も減っており、視界にちらほらいる程度だった。

河原に酔っぱらって寝転ぶ人や、出店を片付ける人を尻目には開いてる店はないかと足を速めた。


(お土産くらい買って帰ってあげようって思ってたけど、これは本当に来年にお預けかな)


草むらで鳴く虫たちの事が侘しさを際立てる。

人気もなくなり、夜は深まるばかり。


(なーにやってんだろ)


と息をついた時、簪の鈴が求めていた音を拾って咄嗟には振り返った。

真っ暗闇の中でも一際目立つ金。


「善逸…?」


遠目でもわかるほどに隊服は泥に汚れており、頬には擦り傷。

誰がどう見たって慌てて駆けつけてきたといわんばかりの風貌の彼はを視界にうつすとぱぁっと表情を輝かせた。


「善逸!」

「やっぱり、この音姉ちゃんだ」

「怪我してるじゃない。ほら、そこに座って、手当てするから」

「俺はいいよ。それより、はい」

「…これ」


屈託のない笑顔で差し出されたのは真っ赤なりんご飴がひとつ。


『 残念。りんご飴食べたかったのに 』


ぽつりと呟いたその言葉を彼はどうやらしっかり覚えていたらしい。

落とさないようにしっかりと受け取り「買って来てくれたの?」と問うと彼は誇らしげに笑って返した。


「ありがとう」

「俺、頑張ってよかった。花火にも祭りにも間に合わなかったけど、浴衣姿の姉ちゃんは見れたし」

「…ねぇ、善逸。デートってのはまだ有効?」

「え?」

「せっかくだから、一緒に食べたいな」


駄目?と問うと彼は断れないのを私は知ってる。

しゃくり、と先に口を付けたりんご飴を差し出すと善逸は「可愛い」と呟いて、赤くなったそれに自分の唇を寄せたのだった。














【善逸/夏祭り打ち上げ花火のお話】


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