(2021.01.17)(Web拍手掲載夢)
変わらぬ愛を、 後
この音は知ってる。
以前、修行時代に一度だけ“この状態の姉ちゃん”に遭遇したことがある。
その時も蝶屋敷の人たちと同じように、獪岳も他の弟子たちもじいちゃんでさえも彼女の言葉通り、その状態の彼女に近寄ろうとはしなかった。
(ずっと近くで見てきた)
翌朝には何事もなかったかのようにけろりとするから。
近づくな。
放っておけ。
心配いらない。
そんな言葉を鵜呑みにした。
あの頃の自分は拒絶の音を聞かぬふりを決め込んでいたのを今更ながらに思い出す。
(ずっと想い続けてきた)
当時の自分が今目の前にいるのであればぶん殴ってやるのに。
小さなころから気味悪がられ、拒絶され、捨てられて過ごしたその時間が根深く自分の性格を構成してしまっている。
あぁは言ったが、慣れっこは嘘だ。
嫌われるのは怖いし嫌だ。
(身の丈に合わない想いだって思ってた)
姉ちゃんはいつもきらきらしてて、笑顔で、優しくて。
負けず嫌いで、頑張り屋さんで、誰かの為に体が動いてしまうような人で。
おひさまみたいに温かくて、包み込んでくれるような人で。
(俺なんかが気付けたところで、なんの力にもなれないって)
だけど実は自分以上に泣き虫で、人に弱みを見せることがで苦手で、甘え下手で。
誰よりも周りの事に気が付ける人なのに。
自分のことになるととことん不器用で、下手くそで。
(勝手に思い込んで、決めつけて、想いに蓋をした)
我慢して、後回しにして。
そして知らぬうちに自分では抱えられないほど膨れ上がってしまって、遮断する。
「ねぇ、姉ちゃん」
それは布団という壁。
隔てているものは布一枚なはずなのに、今の自分にとってはどんな岩や幹よりも分厚いものに感じさせた。
名前を呼ぶ。
大好きな人の大好きな名前。
「どんな姉ちゃんだって、俺は変わらず好きだよ。舐めんなよ」
布越しに音が揺れるのがわかる。
そんな布団の塊に意を決して手を伸ばすと、その塊はびくりと体を震わせた。
「俺とぎゅーしよ?朝までずっと俺と過ごそう」
触れていた部分をそっと撫でる。
顔を寄せて抱きしめるように、彼女の不安も、孤独も全部包み込むように息を吸う。
あれだけ飛び交っていた拒絶の声も、音も、もう出ていない。
いつもだったら彼女の言葉を鵜呑みにしてしまいそうな自分が、今回ばかりは音に注意している。
布団一枚ごしの一方的な声掛け。
「大好きだよ、姉ちゃん。今までも、これから先もずっと」
布団に体半分はみ出しながら添い寝する。
夜もいくらか深い時間。
善逸の瞼もとろりと魔法がかかったように重くなっていった。
腕枕で自身の頭を支えながら、もう片方の手はとん、とん、と布団越しに彼女をさする。
そのゆったりとしたリズムは以前、雷雨の夜に眠れず震えていた自分に姉ちゃんがしてくれていたものだったな、なんて考える。
思考は段々とフェードアウトしていった。
+
「…」
規則正しい寝息に呼吸が変わってしまってしばらく経った頃、は布団の隙間からおそるおそる手を伸ばした。
肘を伸ばし切らずとも届く距離。
それはいとも簡単に彼の胸元に触れる。
指先を伝ってくるのは彼の心臓の音だった。
「…」
とくん、とくん。
規則的なリズムは先ほどまで自分の心をほぐしていた手の振動に似ている。
とくん、とくん。
穏やかなその音に触れながらは、喧騒の中で狂ってしまった自身のメトロノームを調整していく。
段々と自分の正しい音を取り戻していく。
私も好き。
布団越しに呟く。
決してそれは届けるつもりではない言葉だった。
意固地になって中々変われない私を、変わらず愛してくれる彼への想い。
あれだけ拒絶しておいてなんて身勝手なんだろうという自己嫌悪もある。
ごめんね、という言葉は先に出てきた涙によって呑みこまれてしまった。
触れた指先の音が一瞬揺れる。
「うん」
呟くほどの布団越しの声ですら彼の耳にはしっかり届いたらしい。
そうだ、自分たちは人よりいくらか伝わりやすいもの同士だった。
そんな事に今更ながら安心して、は今度こそ視界を閉ざして温かい夢の中に落ちていった。
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ぽちり