(2020.2.18)(原作初期)









 君に酔う









いてて、と時折足の痛みに弱音を吐きながら進む。

ここん所こんなことばっかだ。

鬼と出会って、気が付いたら気を失ってて、目が覚めたら鬼はいなくなってるのになぜか全身血まみれの傷だらけで。

炭治郎だって、伊之助だって、なんなら姉ちゃんだって勇敢に鬼に立ち向かっているのに、恐怖がガタガタと膝に来ちゃって、情けないったらありゃしない。

わかってるよ、そんな事。

俺だって。


「…」


めそめそぐちぐち言ったって埒が明かないなんて事はわかってる。

今回の姉ちゃんの負傷は間違いなく俺を庇ってのものだ。

俺がいつまでも意気地なしで臆病で逃げてばっかしいたから、姉ちゃんが俺から鬼の注意を惹きつけようとして、逆鱗に触れた鬼に頭を潰されかけた。


(鈴だけで済んでよかったなんて、姉ちゃんは笑ってたけど)


朝日が昇るころには炭治郎も、伊之助も姉ちゃんも、勿論俺も全員ボロボロの満身創痍の状態で。

だけど、誰一人欠けることなく五体満足で帰って来れたのはやっぱり姉ちゃんの活躍が大きい、と贔屓でも何でもなくそう思う。


(また、守ってもらった)


今回の事もだが、昔からずっとそうだ。

じいちゃんのところで一緒に修行していたあの時だって、何度助けられたかわからない。

特に記憶に鮮明に覚えているのは大嵐が来た日の晩の事。

何だかその日は胸騒ぎがしてなかなか眠れず、そうしているうちに雨はだんだん激しくなり、戸を叩きつける程の大粒の雨と風が音を立てて迫ってきた日。

その日はやけに音が煩く感じる日で、その晩は特にそれが顕著に出ていて怯えて泣いた。

耳を両手で塞いでも、上から布団を被ってみても貫通してやってくる嵐の音はじりじりと自分を恐怖に突き落とし、ただその時が過ぎ去るのを耐えるしかなかったあの日。


――大丈夫。今は私の音だけ聞いてなさい


たった一人、彼女は気づいて、自分だって怖いくせにずっと俺の耳を塞いでくれた。

雨風が落ち着き、自分が安心してようやく眠気が来たって、彼女は見守るようにそばにい続けてくれた。


(大袈裟かもしれないけど)


救われた気がしたんだ。

感謝があふれて、貰いすぎた分を返さなきゃっていつも思うのに、姉ちゃんは「それはいつか誰かの時の為にとっときなさい」なんて言うようなお人好しだ。

強くなりたい。

そう思った。

彼女に守られるだけではなく、守れるくらい力を付けよう。

今までもらった沢山の愛情を上回るくらいお返しもつけて返すんだって。

身長は抜いた。

でもそれだけじゃ駄目だ。

何か、何か彼女に恩返しをしたい。


「…ここだ」


痛む足を庇いながらなんとかが数刻前まで訪れていたであろう店先までやってきた。

音だけを頼りにやってきたが、確かに彼女が音酔いしたのも当然だと思えるほどバラエティーに富んだ店だった。

りん、りんと涼し気な音がそこら中から響く。

確かに自分にとっても長居はよくなさそうだなと内心苦笑しながら、善逸は鈴を一つ一つ手に取ると耳を澄ましてその音を聞いた。




 +




凛。


「――」


耳元で音が鳴っては飛び起きた。

急に起き上がったせいでバクバクと心臓がフル稼働して、一瞬酸欠状態になった頭はくらりとした。

一瞬ブラックアウトした視界をクリアにさせるように意図的に呼吸を整えていくと、すぐそばに見知った気配があることに気づいた。


「ご、ごめん。寒いかなって思って俺の羽織掛けようとしたんだけど…起こしちゃったね」

「善逸ありがとう。…もう大分眠ってたのね」


障子越しに見える外はもうすっかり陽が落ち、外はもう真っ暗だった。

確か自分が朦朧とした意識の中で帰ってきたのが善逸たちがご飯を食べていたのでお昼時。

もふん、と布団のすべて吸収されるように包み込まれるように眠りについて、起きてみたらそんな時間。

襖一枚挟んだ奥では伊之助と禰豆子と炭治郎が何やら楽しんでいるのが伝わってくる。


「…?善逸出掛けてたの?何だか疲れてない?」

「俺なら平気。…あ、そうだこれ。前の奴と一番似てそうなのを選んでみたんだけどどう?」


そう言って、善逸は懐から鈴のついた簪を取り出す。

揺れるたびにりん、と可愛らしい音を奏でるそれは確かにもともと持っていたものと音の大きさも高さも酷似していた。

それに加え、の好きな赤色の組紐の飾りがついたそれは小ぶりながらも華やかで、女性らしさあふれるものだった。

これは、とは露店見かけたものと全く同じものだと気づいてはっと善逸を見やる。

ぐったりと疲れた様子の彼はにへらと頼りなく笑って、の反応を待っていた。


「あの後…探しに行ってくれたの?その足で?」

「えへへ。俺がヘマしたせいで姉ちゃんの大事なもの壊しちゃったからさ。それにないと落ち着かないって言ってたし」

「気にしなくてよかったのに」

「俺が見つけたかったんだ。姉ちゃんの喜ぶ姿、見たかったから」

「善逸」

「っていっても記憶の中の音だからもしかしたらちょっと違うかも。一応あの店にあった鈴は全部音を聞いたし、その中で一番似てると思うんだけど…」


鈴と言っても10や20の数ではなかったはずだ。

簪でないものも合わせればかなりの数があったはず。

それをこんなに暗くなるまで一生懸命ひとつひとつの音を聞き分けて、記憶の中の一番近いものを持ちかえった善逸。

人が良すぎる、とは思った。

善逸は自分のことをお人好しというが彼もよっぽどだとこういう時思う。

指でくるりと回して奏でた鈴の音は耳に残るのに心地よくって、自分の体にもすぐに馴染んでいくのがわかった。


「…うん、いい音。ありがとう、善逸。とっても嬉しい」

「よかった~!姉ちゃんが喜んでくれて」

「万全じゃないのに疲れさせちゃったね。少し横になってる?」

「ん…姉ちゃんの音聞いてたら、きっとすぐに大丈夫になる、から…」

「え、ちょっと善逸…?」


彼の額がの肩に乗る。

彼女は戸惑いながらもなんとか彼を受け止めて、寝息にも近いような落ち着いた呼吸を繰り返す善逸に「もう」とため息をついた。

自分でも音酔いしたほどのあの空間に自分より長くい続けたのだ。

それは神経は摩耗するし、かなりの集中力を要しただろう。

ぐったりと体を預ける弟弟子はもうすっかり自分よりも一回りも大きな背中になっていて、背中をトントンとなでながらはもう一度「ありがとう」と呟いた。


「えぇぇぇえ!?嘘!なんで!?夢!?俺寝ぼけてたの!?ごめん、重かったでしょ。俺の事なんてその辺に転がしておいてくれてよかったのに!!」


とかなんとか言って寝起きの善逸が喚き始めるまであと30分。









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