(2020.2.21)(原作初期)









 鬼ごっこ 前









朝が来ない。

近くにいるはずなのにまるで待機命令でも受けているかのように中々その全貌を見せようとしないからじれったくなる。

体内時計ではあと数10分の頑張り次第と言ったところだが、目の前の鬼と応戦しながらの分針は全くといいほど進みが悪かった。

とんとん、と幹を蹴り上げて一旦敵の死角に入ると、爪で引っかかれたばかりの脇腹を抑えて止血するべく呼吸を整える。

シィィっと歯の隙間から抜ける息。


―― 護の呼吸 参ノ型 恢復の息吹


切り裂かれた血管を全集中で探し当てると、自分の呼吸を織り交ぜて強引に止血する。

強く押さえつけていたせいで右手が自分の乾いた血でがさがさとしたが、今はそれを言っているところではない。

10秒その場にいたかどうかだというのに、敵さんはあっという間に自分の位置を割り当てたらしく木を揺らして私を振り落とそうとしてくる。


(数、多すぎ)


稀血でもなんでもないはずなんだけど。

やっぱり年頃の女子の血肉が余程ご馳走と見える。


―― 雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃


はうんざりと息を吐き出しながらまだまだ知能の低い鬼の頚をまた3匹同時に切り落とした。

ぱち、と光が弾かれてあっという間にごとごとと頚が地面に叩きつけられる。


(…こんなんじゃ、まだ駄目)


まだ人を大して食っておらず知能も低い鬼であれば通用する“程度”の腕しか持たない

それは師範に何度稽古をつけてもらっても、何度技を見せてもらっても、同じだった。

決定的な原因は女の筋肉量の限界、そしてもう一つは呼吸の相性の不一致。

当時はそれが悔しくて仕方なくて、寝る間を惜しんで林の中を走り回り、拳一つ分の足場さえあれば刀を振りかぶれる体幹と持久力を獲得した。

努力によって何とか形になるまでには磨き上げたが、こんなもの自分では全く納得がいっておらず、雷の呼吸の継承権が与えられないのも当然だと不貞腐れたくもなる。




『す、すすげぇ!俺も、姉ちゃんみたいなのッ、出来るようになりたい!!』




脳で鳴る。

過去の記憶だ。

こんなくそ忙しい時に余裕なこって、と自嘲する。

弟弟子の我妻善逸だ。

自分より1年以上遅れて一緒に稽古することになった彼は(桑島師範が拾ってきたとのこと)あれだけ泣いて、叫んで、喚き散らした挙句に何度も脱走しようとしたやつだ。

屋敷の中がそれはもう一気ににぎやかになって最初の頃は落ち着かなかったが、慣れてみると弱音を吐けない自分の代弁者のようにも思えてきた。

それに何より、恩師である桑島師範が何かある度「姉」の私に面倒を見させようとするので、気づけばかっこいい姉貴像を壊さないようにこれまで以上の努力が求められた。


(埒が明かない…早く親元を叩かないと)


しゅううっと剥がれ落ちるように消えていく鬼たちを一瞥しては口で咥え続けている鈴のついた簪をりん、と鳴らした。


―― 護の呼吸 壱ノ型 響鳴


りん、りん。

波紋のように広がる鈴の音がまわりの障害物に反響して再びの元まで戻ってくる。

2時の方向に応戦中の伊之助の反応。

もう少し距離を離すと炭治郎と禰豆子は…これは誰か人間を庇いながら戦っているなと察する。

善逸の反応も感じられるがまた怯えているのか動きはない様子。

全く世話が焼けるんだから、と弟を回収に向かおうとした矢先、遅れて返ってきた“音”には大きく目を見開いた。


(子どもの反応…?まだ生きてる!)


朝方も近いというのにこんな山奥に人の子どもとは。

驚きながらも足は弟の位置とは正反対の方へと向け地を蹴った。

猛スピードで風景が後ろへ後ろへと走り抜ける。

頬に刺さる風の冷たさを感じながら、反応が強まる方へと急いだ。


「ひっ!た、た助けて…あっあの…!」

「もう大丈夫。私は、お姉ちゃんの味方だよ。お名前教えてくれるかな?」

「も、百子」

「そう、可愛いお名前。1人でよく耐えたね…えらいぞ」

「あ、あのね!お兄ちゃんがいるの、ひっく…どこに行ったのかわかんないの」

「お兄ちゃん…。高い位置で一つに結んでいる子の事かな?それなら大丈夫、お姉ちゃんの仲間がちゃんと守ってくれてるよ。怪我はしているかもしれないけど、命に別状はないみたい」


ほんと?と顔を上げる女の子はまだ5つにも満たない容姿をしていた。

兄とはぐれてから心細いながらも声を潜めて隠れていたのだろう。

鬼に見つからなかったのが幸いだと思いながらも、この子だけは絶対に生きて返すと胸に誓う。

りん。

と再び口に咥えた簪の鈴が音を立てた時、は百子の体を抱き込んで、力強く血を蹴りその場を離れた。


―― 護の呼吸 弐ノ型 守護円陣


激しい音ともにその場の地面が一定空間を除いて剥き出しになる。

あと少し反応が遅れていたら百子共々あの抉れた地面のようにズタボロになっていたかもしれない。

ぎろり、とそれを睨むと今までの鬼の中でも強者に当たるそいつは唾液をだらしなくだらだらと垂れ流しながらご馳走を前に吠えた。


「お前だな、アタシの可愛い子どもたちを。よくも…許さん…」

「貴方こそ一体今までどれほどの人を食った。いけしゃあしゃあと惚けたことを」

「ぐっ、まずは貴様から喰ろうてやるわ」

「お決まり台詞ご苦労様」


りん、と鈴が音を奏でる。

反響した音でわかる――私にこの鬼の頚は切れない。

キッと睨む。

朝日はまだ昇ってはくれないらしい。


(この子には指一本触れさせない)


間もなく朝日が昇る。

それまで耐えきればいい。

私が死ななければいい。

はぐ、と柄を強く握りしめると少女を庇うように刀を構えた。














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