(2020.02.22)(原作初期)br>








 鬼ごっこ 後









触手のようなものが伸びてくるのを百子を庇いながら切り捨てる。

大きく刀が振るうことが出来ないでいるのは人質を抱えたこの状況で不利だと即座に判断すると、百子を後ろ手に隠して深く腰を落として構えた。


―― 護の呼吸 伍ノ型 硝子の盾


鬼の噛みつきによる攻撃と共に繰りだされた斬撃は簡単に弾かれてしまうほどの微力なものだったが、呼吸に混ぜたガラスの刃が同時に弾け鬼の顔面に向かって無数の破片が飛び散った。

ひっ、と背中で息をのむ百子をやや強引だが俵のようにして担ぐと一気に距離を置いて危険の少ない太枝の上にそっと下した。

顔中に破片が刺さり痛みで喚き散らす鬼の声は百子を震わせるには十分で、小さな手をぎゅっと握ってカタカタと震えていた。

時間はない。

やがてあの鬼の再生が終わる。

そうしたら一目散に自分目掛けて飛びかかってくるだろう。

間もなく朝日が昇る。

それまで耐えきればいい。

私が死ななければいい。


(この子には指一本触れさせない)


元々、護の呼吸と相性ばっちりだった私の戦い方は「死ぬこと以外はかすり傷」という防御専門型。

かわして、いなして、弾いて、受け止めて。

勿論鬼の頚を落とすには雷の呼吸に頼る他ないが、目の前の鬼は自分の力では落とせないだろう。

ならばもう朝日を待つ他、手はない。

目の前の少女を安心させる様ににっこりと笑う。


「百子ちゃんは、数、数えられる?」

「え…?う、うん…」

「そっか。ならお姉ちゃんがあの鬼をやっつけてくるから30数えて。それまで絶対に目を開けちゃ駄目だよ」


せーの、と声を掛けると共には鬼の元へと舞い戻る。

カウントは始まった。

百子のか細い声で一生懸命に数を紡ぐのを小耳に聞きながら、は切れた唇で再度簪を咥えなおして両手でぱんぱんと拍手を送った。


「鬼さんこちら、手のなる方へ」


百子から意識を逸らすように、挑発する。

頭をぐしゃぐしゃにしたはずなのに、あっという間に再生しており、大量の人を食ったのであろうそいつはの挑発がなくとも頭に血が上っていた。


―― 護の呼吸 肆ノ型 残響無影


鈴の音をあえて残して素早く移動し、敵の攻撃をかわす。

隙あらば雷の呼吸を使って腕や足を切り落とし、再生までの時間稼ぎをすることを忘れない。

しかしどんなに隙を作ろうが、頚だけは最後まで切り落とせなかった。

自分の未熟さに腹が立つ。

不甲斐なさに泣きたくなるのをお得意の我慢で押し堪える。


『善逸、姉を見習え。のようになれ』


桑島師範。

貴方がそんなこと言うから、言ってくれるから。

私は泣くことも、弱音を吐く事も出来なくなりました。

いつまでも誇ってもらえるようなかっこいい姉で有り続けたいって、変なプライドが付いちゃったんです。


「さっきまでの威勢のよさはどうしちゃったのさ」


左腕を持ち上げられ、いう事の聞かない体はぶらんとぶら下がり足は地面から離れた。

戦いで血を抜きすぎた頭は一瞬くらりと暗転し、何度も気絶しかける。

ふー、ふー、となかなか整う事の出来ない呼吸を繰り返しながら、それでも歯はしっかりと簪を咥えて外さない。

小刻みに鈴が鳴る。

鬼がにやりと笑った。


「アンタ馬鹿だねぇ。いくら逃げるのが上手くたって、鬼ごっこで自分から居場所教えちゃ意味ないってのにね」


音が鳴る。

桑島師範。

でも、いいんです。

優しくて、素直で、でもちょっと臆病な彼は私の代わりに言葉にしてくれました。

泣いてくれました。

私が出来ない分だけの事を、私の代わりにやってのけてくれるのです。

私がどう足掻いたって出来なかったことを、あの子ならきっとやってのけてくれると思うんです。

って、こんなこと他の兄弟子たちに言ったら鼻で笑われそうですけど。


「…これでいいの。彼は絶対、私を見つけてくれるから」

「はぁ?血ぃ流しすぎちゃってついに妄言まで吐き――」




「――汚ぇ手でこれ以上姉ちゃんに触るな」




閃光が走る。

瞬く間に光が走って、後から遅れて音がやってきた。

私はこの稲光の正体を知っている。


―― 雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃


息を呑むほどに洗礼された居合切りに思わず「お見事」と言葉がこぼれた。

鬼の頚がごとりと音を立てて地に落ちる。


「え…何、今の音…………ってえぇぇええ!嘘嘘嘘なんで!怖い!なんで鬼死んでるの!?」


その音にはっとなった善逸は意識を取り戻し、“自分”が切ったばかりの鬼を見てぎょっと飛び上がる。

自分がしたことだとは全く思いもしない彼に肩の力が抜けてしまって仕方ない。


「善逸」


名前を呼ぶと、彼は無我夢中で気づかなかったのかの方をちらりと見ると驚くほどのスピードで駆け寄ってきて、手を握ってきた。

顔面に張り付いているのは心配の表情。

次第に目に貯めていた物がぽろぽろとこぼれ落ちてしまう彼にやっぱりどうしようもなく愛しさを覚える。


「え…。姉ちゃん!!どうしたのその怪我!?え、死んじゃうよ!?血が流れすぎて死んじゃうよ!?どうしよう俺を置いて死なないでよぅ!俺と結婚してくれるんじゃなかったの~」

「馬鹿。このくらいじゃ死なないってば。善逸を置いて死んだりしない」

「本当に!?本当の本当に!?」


そっか。

もう気付いたら。

私の後ろを泣きながら着いてきていた彼はもういないのか。

そう思うとそれはそれで寂しいなぁ。


『姉ちゃん待ってよぉ。待ってってば、置いてかないでよ~』


後ろを追いかける彼のことばかり気にして、決して捕まらないように前へ前へとただ走り続けていたのに。

気付けばこんなに近くに来ていただなんて。

姉の威厳大なしよ、まったく。

ほんの少しだけ身を寄せると彼は体をびくりと緊張させて固まった。


「――ちゃんと捕まえてなきゃだめだよ」

「え、姉ちゃんそれってどういう意味?」

「さ、30秒過ぎちゃった百子ちゃんのお迎え行かなきゃ。朝日も登ったことだし」

「えーっと、回答になってないんですけど姉ちゃん…?」


袴の土を払い落すと、は子どもっぽい笑い方でニィっと笑った。

朝日に照らされたその笑顔は酷く儚げで。

善逸は見とれてしまって気付けばいつものように後れを取る。

待ってよぉ姉ちゃんと半べその弟に、やっぱりは笑みを深めるのだった。














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