(2020.02.23)(原作初期)
安定剤
1年と少しぶりの再会は次の現場まで向かう道中、偶然のものだった。
彼にとっては願ってもないものである反面、最悪な状況での再会。
それもそのはず、村の娘が困惑するほどに泣いて喚いてしがみ付き、挙句の果てには「俺はいつ死ぬかわからないから結婚してくれ」というもの。
「…」
その一部始終を目の当たりにしたの反応は冷ややかなものだった。
所謂“現場”とも取れるその光景に、傍にいた鬼殺隊の剣士や鎹鴉たちがそれはもう凍りつくほどの冷ややかな笑み。
“それ”意外は全員初対面であったがにとっては関係なかったようで、目の前の事象ににっこりと笑みを張り付けたまま、それ…もとい、弟弟子の我妻善逸に何の躊躇もなく手刀を一本喰らわせて問答無用で黙らせた。
勿論、“姉”としておさげの娘に詫びを入れることを忘れない。
「え、嘘…姉ちゃん!?本当に姉ちゃん!?」
「…貴方のような手の早い弟なんて存じ上げません。左様なら」
娘を見送った後にすぐさま意識を取り戻した善逸が、今度は地面にしゃがみこんだままを見上げて言った。
未だに目を疑っているかのような反応で、声色の中には期待と驚きが両方混ざっていた。
それを何の慈悲もなく辛辣かつ塩対応でとどめを刺すと、彼はたった今起こった自分の醜態を忘れてしまったのか、姉に向かってまったく同じ事を再演してのけた。
に抱き着いてしがみ付き、泣き喚いては駄々を捏ねる子どものよう。
「………」
「え゛…?、姉ちゃん?」
姉の笑みが深まる。
善逸が再び意識を飛ばす前に見た、最後の笑顔だった。
+
「…善逸、少し話そうか」
藤の花の家紋の家。
あの後、鎹鴉(弟のは何故か雀だった)の伝令の元、同じ鬼の討伐に当たった三人。
善逸の迷惑行為を一生懸命止めて叱っていてくれたのは同期の炭治郎と名乗る男で、今は鬼狩りの最中に出会ったもう一人の同期…伊之助も一緒に屋敷の門をくぐった。
以外の3人は全治数週間の重傷で、に至っては擦り傷程度。
流石1年早く鬼殺隊に入隊した先輩は違うなぁと炭治郎はきらきらとした眼差しを向けていた。
には当てられていた視線がもう一つ。
昼間の一件があり、怒らせた、嫌われた、完全に愛想をつかされたという猛反省中の弟弟子のもの。
目に見てわかるほどに落ち込んでいるものの人差し指同士をツンツンと合わせながらも声を掛けられないでいる弟に、流石にいたたまれない気持ちになった。
溜息と共に根負けしたように彼を自室へ呼んだ。
「もう怒ってないから、足も楽にして。折れてるところ痛いんでしょう?」
根っからのネガティブ思考の持ち主の彼は自室に呼び出された事をお説教タイムがはじまると勘違いしたのか、正座をしたまま畏まり、がちがちに緊張したご様子だったので一声かける。
がそう声を掛けると緊張がほどけた彼が「え」と声をこぼして目を瞬かせた。
そして、今までに溜めに溜めていた思いや感情が蓋を外して、目からは大粒の涙がこぼれ落ち溢れ出す。
(本当に感情が素直に顔が出る子…)
その姿は、ほんの少し背が伸びたからと言っても変わりはないらしく、なんだかんだ変わらぬ彼の姿に今日の中で一番安心してしまった。
「姉ちゃん!…姉ちゃん…!!」
「はいはい、ここにおりますよ」
これではどちらが年上かわからなくなるが、弟弟子と言えど善逸の方が生まれは少し早い。
が手招きをして許容したのを合図に善逸は飛びつき、その存在を確かめるようにぎゅうっとしがみついた。
それに応えるようにぽんぽんと頭を撫でて、受け取った気持ちを返していく。
姉弟ではあるが血の繋がりはない2人。
好き合っているのに恋仲ではない2人。
何とも微妙で曖昧な関係だった。
それも1年と少しというほとんど音信不通の期間を挟んでいる。
気持ちのストッパーが外れた善逸は、目の前の彼女を繋ぎ止めるように必死だった。
「俺、ちゃんと最終選考通って、鬼殺隊になったんだよ。最初は俺なんか弱いし、すぐ死んじゃうから行きたくなかったけど…じいちゃんが怒るし、それで…」
「そっか。善逸もついに鬼殺隊かぁ」
「あっ、それとじいちゃんがたまには帰って来いって。あれから一回も帰って来ないから寂しそうにしてるし。いつか顔、出してやって!」
「んー手紙は出してたんだけど、そりゃあそうよね。わかった」
「手紙と言えば…姉ちゃん。俺何度も手紙書いたのに全然返事くれなかったから」
俺、姉ちゃんの身に何かあったんじゃないかって心配だったんだよ。
徐々に声が弱くなるその言葉は最後の方は尻すぼみして全く聞こえなくなってしまった。
ごしごしと自分の目をこすって涙を拭うと、膝の上の握りこぶしに力を込める善逸。
はその姿に目を細める。
「桑島師範に生存確認の文は出してたからそれで事足りるって思ってたの。 それに善逸、私の1枚の手紙に3枚も4枚も返事を書くでしょう? 気持ちはわかるけど正直鬼狩りしながらの合間にそれを一つ一つ丁寧に返していけるほど余裕ないし、それに、それに夢中になって善逸の修行の時間が削られるのもおかしいかなぁって思って」
「う″…なにそれ辛辣!俺も思いは!?あのやり切れない思いの吐き場所はどうすればよかったの!?」
「――だから、善逸が鬼殺隊になった時、善逸が満足するまで話を聞くって決めてたの」
それが今だとはっとする。
少し話そうか、と炭治郎と伊之助から離してこの部屋で話し始めてから気付けばかなりの時が過ぎていた。
沢山泣いていたのもあるし、まとまりのない話をつらつらと話していた所為もある。
ふと気づけば夜も深まり、だいぶ時が経っていたのか隣の部屋では静かに寝息を立てる同期たちの呼吸がすやすやと聞こえていた。
目の前の彼女だって鬼の討伐で疲れているはずなのに、善逸が満足するまで付き合うつもりで場所を変えて話を聞いてくれていたのだと理解すると、善逸は開いていた口をきゅっと結んだ。
(姉ちゃんは、いつだってずるい)
本当に愛情深い人だと思う。
それは今までであって来た人の中でも特にそうだ。
今も目の前の彼女は優しく穏やかな音を鳴らす。
それが耳に心地よくって。
懐かしくって。
本当に自分の好きなままの彼女が目の前にいるのだと安堵した。
「もし…今日だけじゃ、話し足りなかったら?」
わかりきった質問をした。
確認の意味も込めて。
は一度きょとんとして、それからふっとあの時のように柔らかい笑みを浮かべた。
彼女からの返答は想像通りのもので、そのことに俺はやっぱり安心してしまった。
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ぽちり