(2020.02.26)(If~未来編)









 未来









「そうか、今日か善逸!きっとうまくいくから大丈夫だ!」


人生をかけた大一番を今日というこの日に決めたことを同期で付き合いの長い炭治郎に報告すると、それはもう眩しいほどの自信と笑顔でもって善逸を後押ししてくれる。

簡単に言ってくれるが、こちとら「今日言う絶対言う」と心に誓った時から爆発するんじゃないかというほど心臓は高鳴り、喉は乾き、指先にギシ…と変な力が入ってしょうがない。

昨晩に至っては一睡もできずに頭は痛いし目の下には立派な青くま。

徹夜続きの任務明けかと疑うほどの風貌に、炭治郎は小首をかしげていたが理由を聞いてみたら二つ返事で納得したようでそれはもう我ごとのように嬉しそうに応援してくれている。


「炭治郎…人の気も知らねぇで」

「2人の事はずっと見てきたからよく分かってるよ。それに善逸だっての返事はわかってるだろ?」

「そりゃあ夢の中では何度も頷いてくれてるよ?そりゃあもう何度もねっ!夢ではね! でも実際姉ちゃん最近拍車をかけて美人になるし、笑顔可愛いし、料理も上手いし…それに相変わらず誰にだって優しいし、面倒見もいいからすぐに色んな人に好かれるし、不安っていうか…。いや、悪い事じゃないんだけどさ…」


頬を掻きながら善逸は言う。

のお人好しは今に始まったことじゃない。

鬼殺隊に入隊するずっと前…ともに修行していた時からよく他の弟子たちの面倒を見てやっていた。

付き合いの長い面々には公認の仲だが、時折勘違い野郎がいることも確かで頭を抱えてしまう。

いや、確実に有耶無耶のままにさせてしまっている意気地なしの自分が悪いのだが。


「…あぁ確か先日も後輩隊士の一人に呼び出されて食事に誘われたとか何とか、カナヲが言ってたな」

「――そいつァ命知らずの野郎だなぁオイ。情報提供ありがとうな、炭治郎」

「待て待て落ち着け善逸!はきっぱり断れる人だし、第一、善逸以外となんて在り得ないだろ!?」


刀を片手に立ち上がった友人を全力で止める炭治郎。

ゴゴゴ、と闘気をまとった善逸は目がぎらぎらとしていて、それだけでそんじょそこらの鬼なら逃げ出しそうなほど殺気を振りまいていた。

やりかねない。

いや字が違う。

殺りかねない、彼ならばと思う。

ばちばちと彼の周りに放電すら見えた矢先に、時を同じく炭治郎の放った一言で事態は収束する。


「そうだよねぇ~!」


ぴたりと動きが止まった善逸をおそるおそると炭治郎が見てみるとそれはそれは破顔一笑。

だらしがないほど緩んだ口元にハの字眉毛。

にっこりとしていてくねくねと動くそれは「善逸以外在り得ない」という言葉に大喜びしたようで、


「だよねぇだよねぇ、はいこれ姉ちゃんが昨晩作ったみたらし団子だよぉ。特別に炭治郎にもあげるよぉ、うふふー」


とご機嫌だ。

本当に彼女の事となると感情が忙しくなる友人に呆れてため息を一つ吐くと、遠慮なくみたらし団子を受け取り口に放り込む。

昔からつまみ食いの癖がある善逸の為に作られたのは一目瞭然で、みたらしもしっかり彼の好みに煮詰められていた。

修行時代から合わせると10年近く共に過ごしているが、相変わらず仲睦まじくやっているようで安心する。

善逸が不安に思うこともわからなくもないが、ほんの数週間前それこそからも「あの人昔から可愛い子に目がないところがあるから…」とポツリとこぼしたのを思い出す。

そりゃあ今でも女の子に優しい一面はある善逸だが、への対応と比べたら雲泥の差。

まず互いが見つめ合っている時の匂いが違う。

善逸もも同じように甘酸っぱい匂いがする。

ずっとじれったかった2人がようやく恋仲に変わった時はそれはもう嬉しかったし、今度は家族になるというのだからこちらまで幸せの匂いで顔が緩んでしまう。


「な!な!やっぱり姉ちゃんの腕は天下一品だろ!?これは俺の為に作ってくれたものだから全部はダメだけど炭治郎は特別に2本食っていいぞ!」

「…あらー?なんだか賑やかねぇ、どうして昨日作ったばかりの甘味がもう半分以上無くなってるのか気になるところだけど善逸知らない?」

「んぐっ!ぐぐぐ、ごほっごほっ。ね、姉ちゃんおかえり…!」

「おかえり、。お邪魔してまーす」

「ただいま。はいはい、炭治郎も遠方任務ご苦労様」

「今朝戻ったよ。あ、このお団子美味しいね」


「お口に合ったようでよかった」なんていいながら廊下からひょっこり顔を出した

反応を見るに、またしても善逸が無断で甘味をくすねたといったところだろうか。

犯人が分かっての物言いは至極楽し気なそれだったが、完全に巻き込まれた炭治郎に勿論お咎めはないらしく「お好きなだけどうぞ」と皿を寄せてくれた。


「今日誕生日なんだってね。おめでとう

「…あら、ありがとう。炭治郎に話してたっけ?」

「今善逸に聞いたんだ――じゃあ俺はこれで失礼しようかな。善逸が大切な話があるって言ってたし」

(ちょっ…バッ!バカお前…バカ!もっと上手く切り出す方法あったろうがよう!!)


ばちこーんとウインクでもしだしそうな炭治郎にきょとん顔の

何も疑わずに素直に食い下がってくれたらしいと共に炭治郎の見送りに出る善逸。

玄関先で見送った後、くるりとは善逸を見つめた。

修行時代はの方が高かった身長もあっという間に追い越し、今ではすっかり見下ろすようになった彼女がじっと見つめてくる。

それだけの事なのにぶわりと血管の中の血が沸騰しそうなくらい湧いて、善逸の鼓動を速めていく。

今日言う絶対言う、の誓いを胸で何十回も繰り返して自分を鼓舞すると善逸は「ここじゃ何だからちょっとお散歩にでも行こうか」と提案する。

は二つ返事でそれを了承した。


「少し寒いかな。待って、羽織を取ってくる」

「あ~いいよ俺の使って」

「いいの?」

「いいの。女の子が体冷やしちゃだめだし、ちょっと大きいかもしれないけど、今まで着てたから温かいだろうしね」

「ありがとう善逸」


どういたしまして、と善逸は笑う。

同じ恩師からもらった同じ柄の羽織。

明らかに違うのはそれが男ものであり、何度も鬼との戦いの中で彼を守ってくれたもの。

袖を通すと大好きな彼の匂いが鼻をかすめてこっそり嬉しくなる。

その嬉しいという心音すらもきっと隣にいる善逸にはバレていて、案の定彼は照れくさそうに顔を緩めた。

彼の豆がつぶれて硬くなった指が、彼女の羽織の袖の中に侵入して意図も簡単にの指と結ばれる。

桜のつぼみが膨らみだした河川敷を歩きながら、見つめあうと、どちらともなく微笑みを返した。


姉ちゃん、聞いてほしいことがあるんだ」

「はいはい、なんですか?」


練習したどの時よりも穏やかな気持ちだった。

重なった指先が、気持ちまでつなげてくれているようで握りしめると返ってくる思いにまた嬉しくなる。

彼女もおんなじ気持ちでいてくれている。

そう思うと、今も、これまでもこれからも、隣を歩く人が貴方がいいと思った。




―― 俺と家族になってください。




は世界で一番きれいな笑顔で「はい」と笑った。














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