Cigarette message 01 里帰り









「僕、旅に出ようと思うんだ」


三日月の夜だった。

少し肌寒い風が吹いた。

誰もが寝静まった里の俺たちのお気に入りの場所で

は唐突にそんなことを言い放った。

はぁ?

と呆れて、どうせいつものうわ言だろうと思った。

なのに。

彼女の眼は割と真剣で吸い込まれそうなほど深くて。

ドキッとした。


「旅って…いつから?」

「んー、今から?」


再び同じ声が口から洩れた。

呆れとは違う驚き。

また受け入れられない現実に口がパクパクとした。


「なんで、また…」


ようやく絞り出した言葉は、もしかすると震えていたかもしれない。

いなくなる。

その事実が現実離れしていて、そして、耐え難かった。


1人で行くのか。

どこに行くんだ。

目的は。

金は。

飯は。

どうして――。


聞きだしたいことは山ほどあるのに。

思いとは裏腹に言葉がうまく出てこない。

こみあげてくるものをごくんと呑み込み、絞りだした言葉は


「ちゃんと、帰って来いよ。おかえりって言ってやっから」


明かりの少ない暗闇で赤い瞳が動く。

表情は相変わらずの無だ。


「ありがとう」


そう言って、ひらひらと手を振った。

ばいばい、の合図だった。




 +




お手軽護衛任務を難なく終わらせたシカマルと

たった今木の葉の里に帰還したばかりだった。

少しばかり癖のある雇い主だったが、特に変な注文を付けるわけでもなく、むしろ全く干渉せずにといった感じで、シカマルとしては「礼くらい言えっての」と内心愚痴をこぼしたほどだった。


のほうはシカマルよりは気にいられたのか到着し際にお団子1つ貰っているからか、ご機嫌な様子だった。


夕暮れの帰路を2人で歩く。


「どうだったよ、久々任務は」

「んー、今回本当に送り届けるだけだったしねぇ」

「命狙われてる系でもなかったしな」

「そうそう。だからなーんか…」


平和ボケしそう、とは言った。


「いいんじゃねーの、お前、帰ってきたばっかだし」

「そうかなぁ…」

「つかお前、上忍の話もう来てんの?」

「おっ情報早いなあ」


肩を並べて歩くがシカマルは中忍。

は里を出たあの時のままなので中忍。

同じ中忍同士でも熟した任務の数が違えば当然振られるレベルも変わってくる。


「まぁ、なんとかなるさぁ」


の口癖だ。

何とかなる。

この頼りない言葉にどれだけ多くの同期たちが救われてきただろうか。


「よぉ、シカマル!」


一度聴いたら忘れることのない同期の声。

振り返ると、青い瞳をパチクリさせて、ニカリと笑った。


「…と、ちゃん!久しぶりってばよ」

「ナルトだぁ…」

「お前、帰ってきたんか」

「ははーん、おやおやお二人さん…俺がいない間に進展しっててば」

「そんなんじゃねーっての。めんどくせぇ」

「任務が一緒だったんだ。僕も最近帰ってきたばっかでね」


ふーん、と難しそうな顔で腕組するナルト。

それからすすすとシカマル側に行き耳打ちする。


「(ってーことは、まだコクってな―)」

「?」


皆を言い終わる前にげんこつが落ちて来て遮断される。

が小首をかしげるのと、ナルトがニシシと笑うのはほぼ同時だった。


「どうしたんだってばよーそんなにムキになって」

「…なってねーよ。うぜー」

「あはは、相変わらず仲良しさんだなぁ」


そういって口元を緩める

ぷっくり膨らむ桜色の唇が薄く伸びた。

幼さは残るが色気づいてきたと思う。


「(そりゃあ雇い主が鼻の下伸ばすわけだな)」


いい気分はしない。

ただ、私物でも何でもない以上一人よがりにすぎないのもわかってる。

幼馴染どまりのカップルを何組か見たことがあるが、相手が相手だけに先は長いなぁと我ながら苦笑する。


「つーか、道中あってたのな」

「たまたまだけどねー」

「そうそう。途中ばったり会って一緒修行とか」

「わー、したねぇ。組み手とか懐かしいや」


何度かナルトと手合わせをしたが、彼の柔軟な戦闘スタイルに何度も驚かされ、感心することも多かった。

何より一番に楽しかったのを思い出し、少し手が震えた。


「自来也さんも戻ってこられてるのかな」

「あー、エロ仙人ってばちゃんに会いたがってたような…」

「ほんとー?挨拶いかなきゃなー」


――暁の話かな。


は心の中でそっとつぶやく。

目の前の二人にはまだ知らなくていい話だ。


「今から挨拶回りとか色々あるから、夜にでも顔出しますって伝えてくれる?」

「わかったってばよ!」

「じゃあな、ナルト」

「おう」


シカマルの肩を意味ありげにポンと叩き、ナルトは一楽のほうへとすぐに歩き出した。

頭をガシガシとかくシカマル。

溜息一つつき「いくか」と自宅のほうへと歩き出した。




 +




「シカクさん、ヨシノさん…ご無沙汰してます」


親しき中にも礼儀あり。

特に古くからゆかりのある奈良家の二人には深々と頭を下げた。

そんなにシカクはにこりと笑って室内へ招き入れた。


「長かったな2年…いや、もう3年になっか」

「お二人ともお変わりないですね」

ちゃんは立派になったねぇ。うちのバカ息子とは大違い」


ヨシノの言葉にしかめっ面になるシカマル。

は愛想よく笑い、出された食事に舌鼓を打つ。


「今日も沢山フォローしてくれたんですよ」


里を出て3年。

出たときはまだ下忍だった。

当然中忍の今とは任務のクラスも難易度も違う。

久々だからと配慮があってかランク自体は低めだが

それでも火影から命じられた立派な一つの任務であることに変わりない。

シカクは意味ありげに「ほう」とため息をついた。


「何だよ、親父」

「いんや、コイツでも役に立つんだなってよ」

「……」

「そりゃあもう。任務なんて久々すぎて報告書の書き方だって忘れてたし」


歳に見合わず昔から人の立て方がうまい。

見た目に反し、周りへの配慮や気の回し方は歳以上なほどに。


「久々の任務がシカマルとで、内心ほっとしてるんです」


人柄なのか。

それとも――




いわゆる、生まれがそうさせたのか。









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