(2021.12.30)









 Cigarette message 15 切り捨て









ピッ、ピッ、ピッ――。


肌寒さすら覚える無機質な廊下に規則的な機械音が一枚の扉越しに聞こえてくる。

廊下には彼以外の誰の姿もない。

時計は確認していないが日付が変わるか変わらないか、そんなところだろう。

使い古されてクッション性能の低くなったくたびれたベンチに深く腰掛け、シカマルはただ機械音だけを静かに聞いていた。


治療もそこそこな傷らだけな体。

深く刻まれた隈。

泣き腫らした目。

糸の切れかかった状態の今の彼に誰も声を掛けようとはしなかった。

余計な情報を入れないように目は固く閉じ、思考を止めただ規則的な音を追う事だけに集中する。


そうしていないと今にもあの時の情景がリフレインしてそれが繰り返し何度も何度もシカマルの精神をすり減らしていくのだ。

少しでも気を緩めるとあの時彼女が見せた、悟ったような赤い瞳や最期に遺した言葉に脳裏を支配され、それが体中を迸って激情にのた打ち回りそうになる。

後悔の念が腹の奥に蜷局を巻き、それに呑み込まれそうになるのをなんとか理性をつなぎ止めていた。

無意識のうちに奥歯を噛み、爪が食い込むほどに握りしめてしまった手を強い意志を持って解くと、シカマルは静かな廊下で一人細く長い息を吐きだした。


カチ。


音の変化。

耳にその情報が入った時にはもう視界を広げ、目でも確認していた。

今までついていた赤いランプが消灯し、代わりに扉の奥でたった今まで手術を行っていた綱手と目が合う。

一瞬苦笑したのはきっと今のシカマルが目を合わせられないほど広い有様だったからだろう。


「やはり並外れているな、の生命力は」


何処かで聞いたことのあるようなセリフにその先の言葉を期待して息を呑む。

決して悪い報せではない事を肌で察して、シカマルは口を堅く結んで綱手の次の言葉を待った。


の心臓は、本来あるべき場所に戻った」

「もったいぶらないでくださいよ。それで、は」

「生きているよ。数日もすれば意識も戻り話も出来るだろう」

「!」

「3年間もそこに心臓はなかったというのにな」

「…」


生きている。

その事実を受け止めるといつの間にか体中に入っていた力が抜け再び固いベンチに腰を沈めることになった。

生きている。

生き延びた。

これで。

の望みは叶った。



―― まだ言えないんだ、ごめん


―― 任務に差し支えるようなことは何も



最後の最後まで決して口を割ることはなかった彼女の企み。

誰よりも近くで彼女の事を見ていた自分にすら。

決して内側には入ることを許さず、結局はその後始末さえも自分の心臓を売ることによって行った。


が自分の心臓と引き換えに取り返した兄の心臓が元あった場所に戻り綱手様の治療の甲斐あって命をつなぎ止めることは出来た。

嬉しくないと言えば嘘になる。

しかし素直に「よかった」という言葉が吐けるほど自分の中の感情はいまだに整理されてはいなかった。

押し殺したつもりのため息がやけに大きく静かな廊下に響いた。

頭を抱えるように俯いたままのシカマルに奥にいたサクラが何か声を掛けようとして綱手の手が制した。

他の医療班がどこかへと足早に立ち去り、完全に二人きりになった空間で綱手は静かに言った。


のことは諦めろ」

「――ッ」


何とかして保っていた理性が弾け、気付けば綱手の襟をつかみあげていた。

やり場のない右手が拳となり震えている。

今まで焦点の合わなかった視界は綱手を一点に見つめ、そして、ぐちゃりと歪んだ。


「元々の心臓の代わりを担っていた植物が、心臓が元の場所に戻ったと同時に枯れた」

「…」

の忍術だ。現在この術を使える忍びはを除けばのみ」

「…」

「言っている意味が分からないお前ではないだろう」


こみ上げてきた言葉にならないものたちがぼたぼたと床に落ちた。

植物が枯れた。

術の使用者が生き続けていればたとえ離れていても発動し続ける禁術だ。

その事実が今のシカマルを深くえぐる。

何も食べていないはずの胃が暴れだし空嘔吐した。

えほっ、ぐふっ、と酸っぱい液を吐き出しながらシカマルはようやく「くそ」と呟いた。


『 これが最善だよシカマル 』


くそ。

くそ、くそ。

無理矢理に止めていた時が一気に動き出す。

思考が巡りあの時の光景を容赦なくシカマルに叩きつけた。

何度も何度も、嫌気がさすくらい繰り返しあの時のあの場面だけを永遠に映し出す。


『 兄さんの事、お願いね 』


何もかもわかってての事かよ馬鹿野郎が。

突然3年間も行方をくらましたのも。

任務を馬鹿ほど詰め込んで特別上忍になったのも。

一番近くにいたはずのシカマルにすらも何も言わずにたった一人で遂行したのも。

あの時。

あの日、アスマと俺が将棋で対決をしていた時。

アスマと後退したアイツが俺達にあんなことを言い残したのも、全部――。




「勝ったら、そうだな――もし僕に何かあったら、ちゃんと切り捨ててね」




全部、わかってたっていうのかよ。














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