(2021.12.30)









 Cigarette message 16 大切なもの









いのによって選び抜かれたパステルカラーの花たちが花瓶に活けられ、病室はたちまち艶やかに彩られた。

中央にはまだ里に戻ってから意識が戻っていない我らが恩師、第10班の隊長猿飛アスマが穏やかな寝息を立てて横になっている。

右腕、胸元そして口に繋がれた酸素マスクからはチューブがそれぞれ複数の機械に繋がれ何かあれば医療忍者たちがすぐに駆け付けることが出来るようになっている。

現場にいた忍びによる的確な応急処置のお陰で何とか一命をとり止めたアスマ。

あと少し、何かが違っていれば全く違う未来があったかもしれないと思うと今でも身震いが止まらなくなる。

彼の治療に携わった医療班は口をそろえて「奇跡だ」と言い、丁寧で迅速な応急処置と彼自身の生命力を称えた。

例え障害が残り忍びへの復帰が極めて困難だと告げられていたとしても、生きて帰って来てくれたから、と紅は泣き腫らした目を細めて話してくれた。


「あの、シカマルは」


いのが途切れた会話の間をつなぐように紅に問う。

紅はぎこちなく微笑んだのちに静かに首を振りそしてアスマを見やった。

今病室に居るのはアスマ、紅、いのそしてチョウジの四人だった。

本来であれば共に任務に同行し、治療もあらかた終わっているはずのシカマルの姿がないのはおかしなこと。

紅の反応を見るに一度もまだこの場所に訪れていないのだと察するといのは「あの馬鹿なにやってんのよ」と振り絞るに悪態をついた。


「自分が一番許せないんでしょ。誰よりも近くで見てたから」

「…私だって許せないわよ。話してくれたらもっと他にやり方があったかもしれないのに」

「シカマルはの事を誰よりも一番大切に想ってたもんね」

「…」


取引の話はその場に居たシカマルからではなく綱手から聞いた。

あの任務から帰って以降シカマルといえば時折河原でタバコをふかしている姿を見かけるくらいであとはどこかに引きこもっているらしく全く姿を見かけなかった。

恩師は致命傷で帰還し、任務に同行したシカマルも満身創痍。

そしてもう一人、特別上忍のについては消息不明――今後一切の関与も火影に禁じられてしまい、生存しているかどうかも確認が出来ない状況であった。

上層部は完全にを切り捨てる方向で話を進めているらしい。


(私たちだって、何も知らなかった)


から兄の心臓奪還について何も聞いていないのはシカマルだけではなかった。

同じ10班であるいの、チョウジ、アスマであってもそれは同じ。

シカマルだけの責任じゃない。

でもそう伝えても今の彼には響かないだろうというのは長年の付き合いで予想がついた。

砂を噛むような思いだ。

いのははっとなり紅を見やるとその悲しげな表情に「すみません」と告げた。


「覚悟しているつもりだったの。忍びとして任務をこなしている以上、いつかはこんな日が来るんじゃないかって」


一番近くの丸椅子に腰かけ、紅はアスマの手を取った。

温かい。

血が通っていて、赤みのある手だ。

呼吸も規則正しく、胸に手を置けばとくんとくんと心臓が動き、生きていることを証明してくれている。

沢山のものを守ってきた手のひらに自身のものを重ねて彼が生きていることを感じては安堵していた。


「でも駄目ね。大切な人にはやっぱり生きていて欲しいって思う。甘えた考えかもしれないけど、かけがえのない大切なものなんだもの」


生きている。

紅は最愛の生存をもう一度ゆっくりと噛みしめていのとチョウジをみやった。


も同じ気持ちだったのかもしれないわね」


いのとチョウジは紅に釘付けだった。

大きな山場に立ち会った後とは思えない慈愛に満ちた柔らかな表情。


の事も勿論そうだろうけど、貴方たちの事も、そしてシカマルの事もあの子にとってかけがえのないものだったんじゃないかしら」

「…どういうことですか?」

「大切だから、命の危険が伴うような事に巻き込むわけにはいかなかった。だから一人で何とかしようとした。事実、彼女は自分を売ることで増援を呼ぶ時間と応急処置する時間を稼ぎ、一人の死者を出さずに隊を帰還させた」


彼女一人を除いてね、と紅は寂しそうに続けた。

いのもチョウジも紅の言葉に俯いて黙り込んだ。



思い返すのはともに切磋琢磨してきたアカデミー時代からの思い出。

人より鈍臭く、何をしても人より遅れを取ったの手を引き「しょうがないわね」と面倒を見たのはいのだった。

何かあれば自分のお弁当をお腹を空かせた人に譲ってしまうお人好しの彼女にお菓子の袋を差し出したのもチョウジにとっては一度や二度ではない。

シカマルだって、そうだ。

ぶっきら棒な態度と決して多くはない言葉の中に彼女への優しさが溢れていた。

どんなに鈍臭くて、極度のマイペースで、甘え下手で、大事なことほど口にしない彼女であっても、自分たちにとっては“大切な人”に変わりなかった。




『 …アンタ、またすぐどっか行くんじゃないでしょーね 』


これはいつだったか。

そうだ。

3年ぶりに里に戻ったの歓迎会をした日の帰り道に話した記憶だった。

あぁ。

今思えばこの時にはもうすでに彼女の中では今回の“取引”について計画を進めていたのかもしれない。

彼女の雰囲気は3年前と変わらないまま。

そんなにどこか引っかかるものを確かに感じたいのは、こんなことを聞いたのだった。

そんないのの意図を知ってか知らずか、はさらりとかわすように答えた。


『 だいじょーぶだよ 』


とても曖昧さを含めた言葉だった。

それでも深くは追及させない重みをもたせていた。


『 お別れはやっぱり寂しいしね 』


その言葉が嘘か真か。

そんなことがわからないほど、第10班の付き合いは浅いものではなかった。


消息不明と聞いてはいそうですかと言えるほど、物わかりがいいわけでもない。














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