Cigarette message 03 甘え下手









『近づきすぎるな。情が移るぞ』


幼き頃、毎日のように聞かされ続けた言葉。

その信念は今でも自分の中で根付いている。




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ひっそりとした夜が深まり、身に馴染んでいくのを感じる。

夜は好きだ。

昔は億劫で長く感じることも多かったが近頃は逆に好んでいる気さえする。

別に普段の自分が表向き、だなんてそんな役作りした覚えはないが

なんとなく、ただ何となく夜は素でいられる気がする。



目の前のベテラン忍には簡単に自分の心の奥を見透かされそうだと思い

はほんの少し首に巻いた布をぎゅっと引き上げ口を隠した。


「何でも好きなもん頼んでええからのう」


気さくにそう切り出すのは三忍のひとり、自来也だ。


「わあ嬉しい。…何食べようかなぁ」

「それにしても美人になったのう。5年後が楽しみだ」

「まだ飲めないから付き合えないけど、お酌くらいはさせてもらうよぉ」


そう言っては、空いた自来也のコップに酒を注ぐ。

それから店員のお姉さんに焼き鳥を何本か頼んだ。


「どうだ、戻ってからは」

「んー、これからって感じかも。僕中忍だったんだなーっていうか」

「離れておったてのもあるからなぁ」

「落ち着くってことに慣れなきゃなのかもね」


3年間も木の葉を離れて1人で旅してきた。

そのせいもあってか一人の家に帰ることに特段憂いを感じることはない。

「ただいま」の声に「おかえり」がないなんてもう慣れてしまった。

でも警戒ばかりしてきた研ぎ澄まされた感覚ばかりは

この平和な木の葉の里にまだ適応してないのをひしひしと感じる。


「ということはしばらくはここに?」

「うん、まぁね。欲しかったものは手に入ったししばらくは

 任務こなしながら様子見かなー」

「ほう、準備は整ったと」

「あんまり時間はかけてらんないしね」


お姉さんから鳥の皮と砂ずりを受け取り嬉しそうに頬張る

時間がない、という言葉に自来也は「カエか…」と呟いた。


「暁について、どう思う」


いままでと同じ調子で自来也は言った。

周りの客は相変わらず楽しそうに飲み明かしている。

はちらりと自来也を見て、その眼光の強さに言葉を選んだ。


「僕に聞くー?絶対自来也さんのほうが知ってるでしょ」

「そればかりは聞いてみないことにゃわからんしのう」

「うーん、僕も“暁”を追ってるわけじゃあないしなぁ」

「…というと?」


ぼかす。

それなのに簡単に捕まってしまった。逃がす気はなさそうだ。

話さない理由はないが、なんせ私情に関わることだ。

しかし、たかだか中忍風情が気軽に突っ込んでいい問題ではないのはわかる。


甘え下手は家系なのか遺伝なのか。

そんなことを知ってか知らずか、自来也は寄り添う姿勢を見せた。

心の奥底がふっと軽く、温かる感じるこの気持ちは

子が親に思う気持ちに似ているのだろうか。


「 僕としては、心臓さえ取り返せれば何でもいいから 」


少し、言葉に動揺が乗ったかもしれない。

変な誤解を招かないためにも


「勿論、奪い返すことにはなるだろうけど」


は続けた。

ふむ、と顎をさする自来也。少し考えて続けた。


「このこと、他には?」

「…別に?誰にも」

「そうか。……綱手くらいには話てもええかもしれんな」

「だよねぇ。ここに戻った以上単独の動きって難しいし」

「それもあるが…信頼のおける忍じゃからの」

「別に、信頼してないわけじゃないよ。火影さまだよ?」

「――相手が誰だとしても、本心は見せんじゃろうが。お前さんは」


ぴしゃりと言い放たれてほんのすこし唇を尖らせた。

でも、正論だと思った。ぐうの音も出ないとはこのことだ。

参ったといわんばかりに、は盛大にため息をついて肘杖をついた。

不貞腐れたように言う。


「なんか…どう甘えていいのかわかんないんだもん」


その言葉に自来也はぷっと噴き出した。

より一層しかめっ面を深める


「女は甘えてなんぼだがのう。男は甘やかすのが仕事みたいなもんじゃ」

「ふーん」

「なんだ、年頃の女がしけとるのう。恋のひとつやふたつあるじゃろうに」

「それがないんだなぁ。果たして僕は恋愛できるのかって話」

「ほれ、奈良のせがれはどうした」


奈良のせがれと言われ「えー?シカマルー?」とは苦笑した。

それからいつも以上に目だけは真面目に、


「僕、シカマルを好きになることはないと思う」


と話し、ほんの少しだけ目を伏せた。

なにか今までのように明るい口調でへらへらを続けようともしてみたが

すべて喉の奥でつまってしまって思うように言葉が出なかった。

この感情の名前を、はまだ知らない。


自来也は「ふーん」と深い溜息をこぼし、その大きな手のひらで

の頭をわしゃりとなでた。

なでられるのなんて、久しぶりだった。


「お前さんはちーっとばかし、弱さを見せる勇気がいるかもしれんな」


ぽん、ぽんと頭の上で手のひらが踊る。

は少し考えて「むずかしい…」と呟いた。




その時になればわかるものだと自来也はにかっと笑った。

そんな日が来るなんて、その時の僕には想像もつかなかった。









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