Cigarette message 04 誓約









『僕、シカマルを好きになることはないと思う』


言ってしまえば究極の振り台詞だと思う。

可能性の削除。

好意の全否定。

決して嘘偽りの言葉ではないことは声色でわかる。


「……ふぅ」


冷たい壁を背中に感じ、一人、大きく深いため息をついた。

吐きだした想いは皮肉にも相手には届かず、ただ闇夜に消えていった。

溶ける、言葉。

拭えぬ、想い。




 +




朝はいつものように太陽が昇ると同時におきた。

顔を洗って、歯を磨く。

日課である家全体の雑巾がけをする。

里に帰ってきたばかりの頃は3年分の埃の蓄積に戸惑ったものだが、

1週間もたてばその汚れもどうにか落ち着きを見せ、

人が暮らせるレベルになったと思う。


「んー…」


1人で住むにはただただ広いだけの一軒家の廊下を綺麗に拭き上げ

はぎゅーっとなる肩と腿の筋肉を伸ばすように背伸びをした。

昨夜ほした洗濯物を綺麗に畳んで箪笥に直すと朝の一服を口にする。

煎茶だ。

ここに和菓子の一つでもあればもっと元気になれるのに。

甘味処で買いだめをしておけばよかったと、内心悪態をつき

お気に入りのスウェットとパーカーに着替える。

木の葉の忍びの証の印が入ったスカーフを巻けば一丁上りだ。


「よし」


面会の時間まではまだちょっとあることを知って、は巻物を開く。

読みだすとただ目を滑らせることに夢中になって数時間なんてすぐにすぎる。

…最近も焼肉屋に行く際時間があるからと読み始め、

時間つぶしのつもりがいつの間にか遅刻してしまう事件があった。

あの時はいのに怒られたっけ。

今日はひとつだけにしておこう、と心の中で決まり事を作る。


「…」


書庫にはいくつもの書物が残っている。

ほとんどが先祖が残した植物の扱い方や調合についてのものだ。

薬と毒物を得意に扱うにとってはどの読み物も財産になるのを知っている。

両親の顔も、もうぶっちゃけ覚えてはいないが、

この書物を残してくれたことには感謝している。


(やばい、焦るなあ)


らしくもない。

読めば読むほど、身が焦れるのを感じる。

細く長い息を吐いて自身を落ち着かせた。

そして口の寂しさを誤魔化すようにタバコの花を口に含んだ。


口いっぱいに広がる特有の苦み。

それをまるでスルメでもしゃぶってるかのように口の中で転がした。

通常、赤子がたばこ一本誤飲しただけで死に至るという植物だが

は幼い時からまるでアメのように与えられ続けていたので

全くと言っていいほどそのことを気にしない。

味がなくなり繊維だけになった時、それは口から取り出されすぐに捨てられた。


…まったく、この体は本当に何でもありだ。


人間離れしている。

そりゃあ浮くわけだ。

血も通ってれば温もりも、心もあるって言うのに。

皮肉なもんだ。


「さて、と」


日課をこなし、は息を吐いた。

そして。

誰に言うわけでもなく気持ちに踏ん切りをつけては歩き出した。

向かうは木の葉病院。

最大の――トラウマの場所へ。




 +




『 近づきすぎるな。情が移るぞ 』


物心ついたときからそう言われ続けてきた。

兄ちゃんは誰よりも優しかった。

母さんよりも、父さんよりも。

もっとも両親の記憶なんて本当に欠片ほどしか残ってないのだが。


『 僕たちの存在意義を忘れるな 』


そんな優しい兄が何度も繰り返し放ったのは厳しい言葉。

幼いころはよくこの意味がわからずに二人きりになっては叱られた。



怒られて、そして、抱きしめられた。



大切に、大切にされた。

両親たちよりも自分を愛してくれたのを肌で、心で感じていた。


「カエ」


その名を呼ぶ。

あれだけ柔らかい笑顔を見せる兄も今となっては植物人間だ。


「来たよ、カエ。久しぶり…3年ぶり」


ぽつりぽつりと言葉が出てくる。

実際この場所に来るまでどう声をかけていいものか悩んだものだが

直接彼を目の前にすると自然と口から言葉が出てきた。


「ずっと会えなくて、寂しかったね」


僕も寂しかった。

指を絡めとる。

わずかなぬくもり。

心臓を抜き取られているにもかかわらずカエは静かに息をしていた。

閉ざされた瞼の奥はと同じ赤い瞳がちゃんとある。

この指のぬくもりはどこかで彼の心臓が生きているという証だ。


「ねぇ、カエ」


整った顔を見下す。

ぴくり、と指先に力が入りその瞼からは赤い瞳が覗いた。

自分と同じ、赤い瞳だ。

唇が細くなり、その筋肉は明らかに衰えているというものの

微かに自分のために微笑んだことがわかり

目頭が熱くなるのをきゅっと我慢した。


「ただいま、カエ」


ゆっくり、ゆっくりの口調で言葉を紡ぐカエ。


「おかえり。綺麗になったね」

「そう、かな。自分じゃわかんないや。カエも元気そうで、よかった」

「おかげ様でね。そう簡単には死なないさ」

「久々に見たけど、ほんとすごいよね」


心臓がないのに生きてるなんて。

ない、というと語弊が生じるかもしれない。

心臓はある。

しかし一般的にあるべき場所にはないのだ。

抜き取られて3年もたち、本来ならばそのままさよならのはずなのに

医療忍術の技術は本当にすごい。

の得意とする植物の種を植えこみ、チャクラを流すことで

心臓の代わりに血液と酸素を送り出し、何とか一命をとりとめてる状態だ。


まぁそれも、が死ぬか、また本人の心臓が止まってしまえばそれまで、だが。


「寂しくなかった?この三年間…」

「時間は持て余したけど、色んな人が来てくれたからね」

「へぇ」

「カカシさんとか、アスマさんとか、それこその同期たちとか」

「そうなんだ」

「特にシカクさんとシカマル君は…任務がなければ毎日」

「すごいね」


奈良家との交友は深い。

何代も前から共に任務をこなすことが多く、付き合いが長いのだ。

ただ、自分たちが生まれるずっとずっと前に刻まれた確執が

今もなお現代に残されていることだけは、障害だと思う。


「もう少し、我慢させるけど」


が言った。

まるで宣誓でもするように、シャンといった。


「絶対取り返すから」


何か言いたそうに、でもカエは唇を固く閉ざした。

それは妹の身を重んじたのか、それとも自身の無力さを感じてなのか。

にはわからなかった。

ただ一言。




「 生きろ 」




とだけ呟いて、カエはその瞼を閉ざしたのだ。














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