(犠牲、二人で旅をしよう)









 アセビ










「なんつー顔してんだよ」


そーいう自分だって眉間にしわを寄せまくってるじゃないか。

自分が今までどんな表情をしていたかなんて考えるよりも先に

目の前で射貫くように睨みつける人物に内心悪態をつく。

だって、見えるんだもん。

目からの情報量がずっしりと脳裏にこびりついて、

気持ちの半分以上をしめてしまうんだ。


「ちょっと、現実逃避ー?」

「あー、顔に出すなよめんどくせぇから」

「そーいうシカだって、さ」


面倒くさいこと。

腹がすかないと飯を食わない、眠くならないと眠らないほど

マイペースなを、これほど面倒くさいと思わせる程には

目の前の状況は無慈悲なものだった。


「もう帰りたいなぁ」

「これ終わらねぇと帰れないからな言っとくけど」

「……」


はぁ、と色んな思いを吐きだすその目は一気に忍のそれになった。


「前線にばっか出過ぎんじゃねーぞ。援護すっから」

「しんぱいしょー」

「うっせ」


減らず口はお互い様だ。

シカマルは横目で彼女の反応盗み見て、思考する。

今の彼女なら、自分一人で無茶することはないと判断するや否や

シカマルはすぐにGOサインを出し作戦を決行した。


「いくぞ」

「ん」


短く返事をすると、たん、と木の枝を蹴り飛ばした。

軽くて華奢な体が宙を舞い、激しく水しぶきを上げる滝つぼに吸い込まれていく。

体の中のチャクラを丁寧に練り印を結ぶ。


… 陽遁 …


特有の種を使った忍術だ。

日の光を浴びて育つように、チャクラを吸って膨れ上がる蔦。

それがドンドンと絡まり、繋がっていき、滝つぼまでの道を作っていく。


「なんか、さ」


後ろから続くシカマルに道を作ってやることで前方を譲る。

そうして、後ろから蔦を使って追いかけてこようとする他国の

抜忍や野盗たちをを一線見つめ、忍具を取り出そうと腰へと左手を伸ばした。

足止め・陽動はお手の物だ。


『国境まで駆け抜けるぞ』


シカマルの声が遠くの方で聞こえる。

上も下もわからない空中で態勢を整えつつ、煙玉を投げつけて敵を巻く。


「ただのお使い任務だったはずなのになぁ」


二日前に火影、綱手に言い渡された任務内容を思い返して

は大きなため息を吐くが激しい水しぶきにかき消された。




 +




ここ数日夢見が悪い。




夢を見るのは眠りが浅いためというが、実際寝る時間に対し

質を伴った睡眠がとれていないのだろう。

3年ぶりに帰ってきて環境の変化に体が戸惑っているのか、

はたまた、いち早く暁に接触して兄の心臓を取り換えさなきゃという

使命感から、無意識的にストレスを感じてしまっているのか。


「どっちもじゃね?」


シカマルに言わせればこうだ。

は枝をチロチロと舐める炎の中に枯れた枝を追加して、溜息を吐いた。

吐き出したため息は深まる闇夜に溶けるように混ざっていった。

このままこのやり場のないココロも溶けてしまえばいいのに。

肌を突き刺すのは夜特有の憂いを帯びた冷たさだけだった。


「悩みってほどじゃないけどね」

「悩みなさそーな顔して色々あんのな」

「酷くない?僕だって年頃の女の子なんだよ?」

「あーはいはい」


軽くあしらわれる。

付き合いがなければこんな突っ込んだ会話にまでならないだろう。

ふざけたように笑いながらも、彼は的確にの意図を組んだ返答をする。


「寝れない夜は長いんだなぁ。経験ない?」

「あんまねーな。お前ほど不規則じゃねーし」

「あー不規則なのも関係あるのかな」

のそれを不規則って言葉にまとめていいのかって話だけどな」


もともと規則正しい生活とかけ離れた生き方をしてきた。

両親共に殉職し、兄が遠方任務に派遣されるようになってからは

もう昼夜逆転なんてざらだし、お腹が減るまで食べない、

眠くなるまで眠らないというなんとも欲望に忠実に生きている。


そんな人と外れた生活のためかいのの雷が落ちることもしばしば。


「僕はマイペースだって思ってるけど」

「マイペースで調子崩してりゃあ世話ねぇな」

「ゴモットモです」


はあ、と盛大にため息をついてシカマルは鞄を枕にして寝転がる。


「日が昇ったら起きる。日が落ちりゃあ寝る。三食食べて、

 毎日外に出る。めんどくせぇけど、人間そうしてねぇと

 調子狂うようになってんじゃねーの?」

「…。なんかシカに言われると説得力ある」

「おう、見習え」

「んー」


結局今は夜で、日は沈んでいて、つまりは今は寝る時間なわけで。

この任務もついに明日で終わる。何事もなければそのまま里に帰還して

火影に受け取った書物を手渡したら終了といった次第だ。

寝なきゃと思うと人間不思議なもので眠れなくなる。

…どうやら僕は生きるのに向いてないのかもしれない。


「もー寝たー?」

「いんや。お前も目だけでも閉じてろよ。明日の午前中には山越えっから」

「うん」


寝なきゃいけないことはわかってる。

なのに、夢見の悪さが引っかかって体が拒む。


「ねぇ、シカ」


目を閉じて背を向けるシカマルが寝かけていたであろう低い声で

「あ?」とだけ答えた。


「……」

「…なんだよ」


薄く開いた唇から言葉が出てこない。

こういう時、何といえばいいのだろう。

自分がどうしたいのかもわからない。

ただただ途方に暮れてしまって、こうなってしまうともうの心は

折れてしまっていつものように言葉に出すのを諦めてしまった。

上手に甘えるって、難しい。


「おい」


言われてはっとなる。

目の前に彼がいた。

先ほどまでは横になって寝転がっていたのに。


「急に黙んなよ」

「…ごめん」

「はぁ」


めんどくさそうに首の裏を掻いての頭を引き寄せた。

突然の行動にはバランスを崩し、簡単にシカマルの腕の中に吸い込まれた。


「シ、シカ…?」

「目、閉じてろ」

「……」


彼の表情を盗み見ようと上目遣いを試みるも手でそれを抑えられ、叶わなかった。

ほう、と息をつくと吐いた分だけ彼の懐の温かい匂いが鼻をくすぐる。

あったかいなぁ。

素直に出た感想がそれだった。

思えば家族を失ってから、夜を過ごすのはいつも一人だった気がする。

どくん。どくん。

心臓の音。重なる。温もり。息遣い。匂い。

どれも心地のいいものだった。


「(あ…これが安心ってやつなのかな)」


自然と瞼が下りていく。

大丈夫だ。

そう思えるだけで強張っていた何かがゆっくりとほぐれていくのを感じた。

が寝息を立て始めたのはそれからすぐのことだった。


「………」


閉じていた眼を薄く開いてシカマルは腕の中で眠る彼女を見やってため息をつく。

どこまでも甘え下手な彼女だ。

まぁ、彼女の家柄、育ちから仕方ないといってしまえばそれまでなのだが。

他人に干渉せず。

また干渉されないように。

いつでも捨て駒として、『オトリ』要因として犠牲になれるように。

そういう風に幼き頃から教え込まれていると聞く。

だからこそ踏み切れない。

相手が幼馴染の俺でなければ、先ほどのように切り出すことさえせず

ただ眠れる夜が明けるまで静かにじっと耐えるつもりだったのだろう。



ふと、任務内容を言い渡された際の火影の言葉を思い出す。









『なに躊躇ってるんすか』


綱手の表情が気にかかりシカマルがそういうと彼女は深く息を吐いた。


『いや、今更だがお前たちに行かせるのはどうだったかと思ってな』

『火の国へのお使い任務なら、俺との二人で十分っすよ』

『そのことだが最近道中野盗や抜け忍たちに襲われたという被害報告もあってな』

『俺達も狙われる可能性があるってことっすね』

『それもある』


間髪入れずにそう言われてシカマルは思慮した。

そして、ひとつの結論に至る。


か』

『そう言うことだ。必然的にが前線を買って出るだろう。

 あの自己犠牲の塊がどこまで無茶をするか…』


はうちはと同じくらい歴史ある一族だ。

当然綱手もその特殊な家柄については理解がある。


『そのことなら大丈夫っすよ』

『何故そう言い切れる』

『俺が止めて見せます。が陽なら奈良は影。この役は俺しか出来ない』

『……』


俺が止める。

声に出してみるとその決意はさらに強くなる気がした。


『俺がいる限り、無茶はさせませんよ。影縫いでも何でも使って止めますから』


笑ってそういうと綱手は肩をすくめ吹っ切れたように

「いってこい」と言って送り出した。

俺が止める。

その嘘偽りない気持ちが伝わったのだろう。

自己犠牲の塊。

言いえて妙だと思った。

だが、それでも木の葉の一員であることには変わりない。









意識は今に戻る。


「(本当に、寝れてねぇんだろうな)」


目の下のクマがそれを物語っている。

今では落ち着いたようにすやすやと寝息を立てているが、

一人の夜はどれほどに長く感じているのだろう。

離れていた三年の時間もある。溝を、時間をかけて埋めていかなくては。


「(柄にもねぇけどよ。俺が守る、なんて)」


吸い込んだため息は起こさないようにと静かに吐き出された。

身じろぐ彼女の背を優しく撫でると自身も明日の襲撃に備え目を閉じた。














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