信じる者の幸福/消息









 アヤメ









あれから3年。

ヤツは手紙や通信の一切をよこさなかった。

時折旅の者や任務に出た忍びから「黒髪の薬売りに助けられた」という話を聞き、何となしに彼女のことだろうと勝手に安心してたくらいだ。


逆を言えばそれくらいしか彼女の安否について耳に入ることはなかった。

何を見て笑い、思い、泣いているのだろうか。

危ないことに首を突っ込んでないといいが。

心配は募るばかりだったが、哀しいかなこの感情が思い人に届くことはなかった。


「シカマル…?」


親友のチョウジに呼ばれはっとなる。

任務で里の外に出る機会があればふとこうやってが生きてる気配を探そうとする自分がいる。


(あー、アイツ今何やってんだろうな)


気質的には自分と同じく縁側で茶をすすっては楽して生きたいタイプだ。

きっと面倒ごとには巻き込まれてないとは思うが。

なんせ、所在がわからないのだからこちらから連絡する手段がない。


「…いや、なんでもねぇ」

「ふーん」


そうは言ってみたがきっと長年の付き合いのある彼ならお見通しだったはずだ。

それを深く聞いてこないあたり流石わかってるなと思う。


「シカマルは昔っから過保護だよね」


ただし、余計なことは簡単にいってくれる。


「はぁ?何だよ急に」

「別にー。ひとりごとだよ」


深く言及させない親友にもやりとした感情が湧く。

それを胸の奥底に押し殺しながら「あっそ」とだけ投げ返すと、暫く思慮してこう答えた。


「…掴みどころがないんだよ、アイツは」


という言葉を独り言のように呟いた。



 +




そんな変わり者、と二回目に会ったのはまさかの実家だった。

「客人が来る」とだけ言った父の表情が険しかったのを子どもながらに覚えている。

こっそりと襖の隙間から覗いたその場所にいたのは見覚えのある華奢な彼女。


『瀬戸と申します。どうか、立ち入りの許可を』


同年齢とは思えない口ぶり。

幼い声色とは反して言い放った内容はやけに大人じみていた。

おずおずと頭を下げると腕組をして胡坐を組むわが一家の主、シカクは顎髭をさすり思慮していた。


“形だけ”といえばそこまで。


後から聞いた話だが、奈良家と家は猪鹿蝶ほどではないが古くから交友があったらしい。

しかも日向のような本家分家のめんどくせーものでもなくもっとあっさりとした間柄だというのだから驚きだ。


“相性がいいから”


母、ヨシノはそういって少し寂し気に目を伏せた。

この時の俺には「ヤツ」との相性のよさなんて微塵も感じられなかった。


シカクはふっと噴き出すように笑うと「頭あげろ」と言い放つ。

途端に解かれる緊張。


「お前の兄貴から話は聞いてる。トリカブトの根が欲しいんだってな」


黙って頷く


「カエがGOサイン出したんなら問題ねーだろ」


ぱっと顔色を微かに変えた彼女にシカクは咄嗟に「だが」と念を押すように言い放った。


「あそこは基本的に奈良家のものしか立ち入ることができねぇ場所でな。ちゃん一人じゃ行かせられねぇのよ」

「…」

「単刀直入に聞く。――何故欲しい?」


ピリ、と肌に刺さる空気。

これを感じたのはシカマルだけではないはずだ。

切れ長から覗く瞳がじっと目の前の幼子の目を捕らえる。


「トリカブトは三大有毒植物と言われるほどの毒物だ。例え家のものであっても、使用目的が正しくねぇんならそれを提供するわけにはいかねぇ」


トリカブト。

それはドクウツギ、ドクゼリと並ぶ有毒植物だ。

誤って食したものなら追うと、呼吸困難、臓器不全…経口後数十秒で死ぬほどの即効性を持っている。

そんな激物を欲しがるのは今年6になったばかりの幼子だというのだから驚きである。

これが家でなかったら鼻で笑ってとっとと追い返しているところだ。


「何故欲しい?」

「生きるため」

「…。生きるため?」

「生きるために、摂取する」


摂取。

つまりは食すということ。

シカクは眉間のしわをより一層深くさせた。


「死に急ぐな」

「…」

「自分から寿命を縮めることはねぇ」


蝋燭の明かりがゆらゆらと揺れる。


「お前たち一族が“あらゆるもん”に免疫を持ってることは知ってる。毒、電気、火、勿論物理的なもんだって人間離れしたその治癒力で、悪い言い方すりゃあ死ににくい人間だ」


じろ、と睨んでいるようにも見える切れ長の瞳。

決して5、6歳の子供に向けるようなものではなかったがは動じなかった。


「――僕たちはこうやって生きてきた。僕たち、一族は」


ぶれない瞳。

一点。

負けじと見つめ返す。


(不器用な一族だな)

「……」


降参だ、とでもいうように頭をかく。

そして襖をおもむろに開ける。


「おい、シカマル出てこい!」

「うわあっ」


目を丸くしたのはシカマルだけではなかった。

も今までの雰囲気とは打って変わってきょとんとしたあどけない少女の反応を見せる。

その二人の反応を見て「なんだ、もう顔見知りか」とだけシカクが呟いた。


「あれえ、シカマルだあ。何してんのお?」


今までと雰囲気ががらりと変わる。

まるで別人のようで、どちらが“本当の”彼女なのかわからなくなる。

至極、面倒くさいと思った。

この時直感的に「こいつと関わるとロクなことにならない」と感じた。


「お前今日暇だろ。一緒に行ってやれ」

「なんで俺が」

「奈良家の同伴がいんだよ。俺は今から任務だし、お前暇してんだろ」

「………」


ぐっと押し黙る。

屁理屈こねるのも面倒くさいし、会って間もないコイツと毒物採りに行くのだって同じくらい面倒くさい。

じとり、と彼女を見やるとさっきまでの緊張感はどこへやらにへら、と笑っていて、毒気を完全に抜かれてしまった。




それから何かあると一緒に行動することが増えていった。

採集の時。

毒を摂取する時。

お散歩の時。

お気に入りの場所で昼寝をする時。

色々な時。

やっぱり彼女の自分とはまた違うマイペースな生き方は面倒くさいと思った。

面倒くさい、けど、なんだかんだやっぱりほったらかしに出来る性分でもないシカマル。

今思えば、あの時のこの再会があったからこそ、今につながっている気がする。

これは後から気づいたことだが、彼女の度を超えた無頓着な性格は歳を重ねるにつれエスカレートしていった。

これは将来的に親友に「過保護だよね」と言わせてしまう要因の一つとなることに、今の彼はまだ知らない。




『 戦場で一番に死にそうなやつ 』




そんな風に謳われた彼女の、“死なない為の”影の努力を幼い時から一番近くでずっと長い事見てきた。

彼女は3年も俺に何も言わずにどこぞをふらついているようだが、またあの時の様なへらり顔で何時しかひょっこり帰ってくるんじゃないかと思うと、ついつい探してしまうのも惚れた弱みなのかと思っている。














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