(DQ11・カミュ・魔物使いヒロイン、連作短編)









 Ash 出会い









『いーい?』


そう言ってシルビアは人差し指を立てて約束事を言う。

後から気づくことだが、これを世間一般では心配性というとの事。

知らない人についていかない事。

夜は一人で出歩かない事。

近づいてくる男の人からは逃げること。

逃げられないときは大きな声で助けを呼ぶこと。

はそれにいちいち微笑み、うんと頷いた。


そんな矢先の事だった。




 +




馬券を買う輩は何やら掲示板やら新聞を睨みつけている。

そんな人たちの間を風のようにすり抜けは一直線に会場へと向かった。


「(シル、応援しなきゃ。)」


負傷した兵士の代わりに旅芸人であるシルビアに代わりを任せられたのは

つい昨日の夜の事だったのに、あの性格の彼のことだから決断なんて一瞬だった。

は先ほど売店で購入した二つのアイスクリームを両の手に持ち

ほんの少しうなだれている最中であった。


「(シルといる癖で二つ買っちゃった…)」


この暑さに二つのアイス。

私だって溶けてしまいそうな気温なのに。

色んな意味でくらくらしてしまう。


「(暑いなぁ。雪国育ちには堪えるや)」


アルビノは陽に弱くすぐに火傷になってしまうから、とシルビアが

事前に用意してくれたフード付きのポンチョをかぶって人の合間を抜ける。

広場につくと風がさぁっと吹き帽子をさらっていった。


「あっ…!」

「……っ!」


私じゃないものの悲鳴。視界の端で金髪が揺れる。

ローブに身をまとった女性は膝をついていた。

足元には転んだ際に落としたであろうアイスクリーム。

女性はそれをかなり意気消沈した様子で見つめている。

…よっぽどアイスを落としたことが悲しかったのだろう。


「あげる」

「え?…まぁすみません私ったら恥ずかしいところを今すぐに片付けますわ」

「私の、一つあげる」

「そんなとんでもない。自分が悪いのに」

「私、間違って二つ買ったからあげる」

「でも…」

「あげる」


それでも躊躇う女性にぐっと強引に押し付けると素直に受け取り笑みを浮かべている。

ぺろりと舐め、頬に手を当て「流石サマディ名物生乳アイスですわ」と

舌鼓をうつ彼女。喜ぶ姿についつい顔がほころぶ。


「私ったらお礼もせずに…ありがとうございます。私セーニャって言います」

「セーニャ。うん、覚えた」

「貴方は?」

「私、

さん。可愛らしい名前ですわ。さんは――」


セーニャの声をさえぎるように歓声がどっと沸く。

セレモニーが始まったようで観客は全員立ち上がり盛り上がりを見せていた。

その声につられるようにが反応したかと思うと、

セーニャの続きもろくに聞かずにすたすたと観客の合間を縫っていってしまった。


「もう、いたいた!どこに行ってたのよ!」

「あら、お姉さま」

「あら、じゃないわよ。こんな人ごみの中何も考えずに甘味でも探しに

 行ってたんでしょ?全く、どこかに行くなら一言言ってからにしなさいよね」


爆発させるように一気にまくしたてるベロニカ。

一通り言い終わると満足した様子で「わかった?」なんていうから

双子と言えどいつまでたっても私は姉にはかなわないなとセーニャは笑った。

そんな妹を「なに笑ってんのよ」と言わんばかりにジト目で見るベロニカ。


「ったく、来たばっかの街で騒ぐなよ…」


遅れてやってきたのは暑さのため服をパタパタと仰ぐカミュ。

今度はカミュにかみつき相手をシフトチェンジしていた姉をまぁまぁと宥める。


「そろそろレースが始まるんじゃねーの?」


その一言で全員の視線はレース場へと向かう。

溶けかかっているアイスを一口舐めるとセーニャは思い出したように続けた。


「そういえば今不思議な方に出会いました」

「不思議…?なんだそりゃ」

「うまく言えませんが、でも、またすぐに会える気がします」


レースに参加する馬たちが会場に集まってきた。

サマディー国王に変装した勇者が乗る馬も、その中の一つだった。

間もなくレースが始まる。

無事に走り切ってほしいという思いと、またに会いたいという気持ちで

セーニャは胸を膨らませた。




シルビアに連れられたと再会するまで、後30分――。




 +




「なによぉ、がっかりだわ。せっかくいいレースが出来たと思ったのに」


結局馬レースでは接戦の末、王子に敗れ二位での入賞だった。

あたしからしてみれば1位だって2位だってすごいことには変わりない。


『もう悔しい!でも次は絶対に負けないわ。王子に一言挨拶しなきゃ』


と負けたことにくよくよしないポジティブなシルビアは

こんな時本当に好きだなと思う。ファーリス王子と目の前にいる青年とが

入れ替わり、馬レースに参加していたことを知っても肩をすくめて呆れる程度だった。


「あら、あなたは…」


つまらなそうに壁にもたれていたに声がかかる。


「やっぱり!さんですわ。先ほどはフードを被られていて気づきませんでした」

「…!」

「なあに、ちゃん。知り合い??」


先ほどまで王子と話していたシルビアがひょっこり顔をのぞかせる。


「実は先ほど私がアイスを落としたところ、さんが一つ譲ってくださったんです」

「まぁ、そうだったの」

「自己紹介もできずすみません…私、セーニャと言います」

「セーニャ、この子がさっき話してた?」


同じような容姿の少女が首をかしげて話に加わる。


さん。紹介しますわ。私の姉のベロニカとこちらが

 一緒に旅をしているカミュさま」

「妹が迷惑かけたようね。よろしく」

「連れが世話になったな」


そうやって二人が握手を求めようと手を伸ばす。

しかしは勢い負けしたのか不愛想にもシルビアの後ろに隠れるだけだった。


「ごめんなさいね。この子、人見知りするのよ」

「…………」

「はぁ。昨日とはえらい変わりようだな」

「昨日…あら、もしかして昨日のお客さん??」


が居心地の悪そうにシルビアの袖を引っ張る。

早く行こうと言っている子どものように。


「セーニャちゃん、ベロニカちゃん、それにカミュちゃんね」

「おいおい、男にちゃん付けはよしてくれよ」

「いいじゃないの。で、貴方が、イレブンちゃん」

「よろしく。…握手してくれる?」

「……………」


ぐっと睨みつける。でもそれに物おじしないイレブン。

やっぱりとても目が綺麗だ。今まであってきたどんな……。

差し出され続けるその手にそっと手を伸ばして触れたのと、

感じ悪い奴、とカミュが言ったのはほぼ同時だった。


「(まぁ、珍しい)そういうことで。どこかでまた会えるかもしれないわね。アデゥ」

「あら、もう行っちゃいましたわ…」

「なんだか掴めない人たちね」

「………」

「いつまで不貞腐れてんのよ」

「うるせーよ」

「煩いとは何よ煩いとは!」

「その声がうるせえ!」

「まぁまぁ」


イレブンとセーニャが二人を引き離す。これもいつもの光景だ。


「(なんだよ、アイツ…)」


差し出された手を空を切る。

勿論そんなことがあった後、いい気分ではない。

カミュは盛大にため息を吐き出してやり場のない気持ちを吐き出した。














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