(DQ11・カミュ・魔物使いヒロイン)









 Ash  代償









真っ白な光、花に囲まれた空間。

とても心地が良くって、足取りも軽くって、

天国があるとしたらきっとこんな所なんだろうなぁとは思った。


「(あたし、ついに死んでしまったのかしら)」


一面に咲き誇る穢れのない花たちをできるだけ汚さないように慎重に歩いて

は導かれるようにその存在の元へと歩いた。


「(とってもきれいなところ)」


はじめての感覚。

初めての体験。

なのに。

不思議とこの先に何があるのか知っているような感覚だった。


「(あ――あたし)」


一目見て心を奪われた。

鋭い眼光に当てられて、それ以外の何もかもが映らなくなる。

吸い込まれる、心。

すべてを見透かされているようだと思ったけど、嫌な気持ちはしなかった。




『よくきましたね』




耳の近くで響く声。

スゥっと体に染み渡る温かい声。

は恐れることなく歩みを続け、声の主を優しく撫でた。


「あたし、もう死んじゃったの?」


目が覚めてからずっと感じていた疑問を解き放つ。

魔王ウルノーガは目覚め、勇者の剣は奪われ、勇者は力を失くした。

そして。

世界は――。

命の大樹は――。


「 ―― 」


少しずつ。それでも鮮明に『あの時』の記憶が蘇ってきて

は体全身が震えるのを腕を抑え込みながら懸命に堪えた。

あの日。

あの時。

魔王ウルノーガは力を暴走させた。

生きるものすべての命が宿るという大樹は地に落ち、葉はいとも簡単に落ちていった。

かすれゆく意識の中でかろうじて覚えているのは優しい光に包まれる

感覚と、そして誰かの……。


「(あ――)」


そうだ。

あたし。

あの時。

あ。

覚えてる。

あたし。あたし。

カミュに。

守ってもらったんた。


「あたし……」

『思い出したようですね』


彼の持つふさふさのたてがみにぎゅっとしがみつく。

そうしていないと不安でどうにかなってしまいそうだった。

心が。

どこか遠くに引き離されてしまいそうだった。



世界は滅びた。

仲間もいない。

一人ぼっちの寂しさ。

孤独感。

私知ってる。

この、感覚。

また。

一人になってしまった。


そして、ひとつ浮かぶ小さな疑問。

ここが死後の世界だとするのならば、みんなはどうしているのだろう。


「みんなは、どうなったの?」


小さな疑問は自然と唇を動かしていた。


「ねぇ、あなたは知ってる?みんながどこにいるのか」




あたし、みんなと一緒にいたいの。




目の前の白いドラゴンの爪がすっと伸びた。

額を切り裂かれるかもしれない。

不思議と心は穏やかで、それすらも受け入れてしまおうとするほど。

は軽く目を閉じると触れるはずの額に思いを集中させた。

仲間の事。

世界の事。

大切なものの事。

あたしを仲間たちのところに行かせてほしい。

それだけだった。


『あなたは寸前のところで助かった』


額に触れていたものがすっと下へ降りてくる。

温かいものが眉間、鼻、唇ときて喉まで到達する。


『失ったものも大きいでしょう』


あつい。

そう思った次の瞬間には上手く言葉が出なくなっていた。


「――、―」


もともとへたくそだった言葉。

それでも大切だった。

でも。

それで元の世界へ帰れるなら。


『怖いですか?』


ぼろぼろと泣いてしまっていたからだろうか。

ゆっくりと開けた視界が涙の粒で大きく歪む。

ぎゅっと目を瞑って涙を落とすと、ドラゴンの目をみやった。


『いい目だ。あなたならきっと仲間を見つけられるでしょう』


優しくドラゴンが目を細めたのと、光が増したのはほぼ同時だった。


余りの眩しさに足元もおぼつきくらりとめまいがして倒れこむ。

そして意識はぷつんとそこで途切れた。


『 ――― 』


最後に彼が何て言っていたのか、聞きそびれてしまったな。




 +




頭の奥の鈍い痛み。

手足のピリピリとした感覚。

ゆさゆさと揺すぶられる肩。

少しずつ意識は覚醒する。

視界に入るのはあの時見た、あたしの大切な――。


「(カミュ……?)」


言葉にしようとした瞬間はっと目を見開く。

声が、出ない。

波がひくようにどっと不安がこみ上げるのを腕を抱えるようにして堪えた。

そうしているうちに混乱していた頭が一つ一つ繋がっていく。


そうだ。

勇者の剣を奪われて、力もとられて、樹は枯れ落ちて、世界は……。


「あ、あの…大丈夫ですか?」

「………、…?」


え、と彼を見やる。

風貌は目覚める前に最後に見た彼の姿と何ら変わらぬ状態。

なのに。

何かがおかしい。

それがまるで初めて会うかのごとく接しているからだと

いうことに気づくのに5秒とかからなかった。

もしかして。

彼は記憶を…?


「あぁ…泣かないでください。俺も目覚めたら知らない場所だし、何も覚えてないし

 世界はこんなことになってるしで訳分かってないですけど…えっと」


ぎこちなく、涙をぬぐう。

その指が、ぬくもりが、匂いが懐かしくて目を細めて微笑むと

彼も昔のように優しく微笑むもんだから心をぎゅっとわし掴みされてるようだった。

これが、つらい、という事なのだろうか。

言葉もシルビアに教えてもらい何年もかけて少しずつ

伝えられるようになったばかりだというのに、それさえ失ってしまったようだ。


「(こんな時、どう伝えたらいいんだろう)」


あたしは平気。

カミュが無事でよかった。

声が出なくなっちゃったみたいなの。

カミュは、何も覚えてないの?

大丈夫よ。あたしがいる。

どれも伝わらなくて、歯がゆくて、悔しくて。

じわっとまた涙が出そうになるが、今ここでが泣くことは

彼を余計に不安にさせてしまうことは彼女自身分かっていた。


「……」

「……あ…」


ぎゅ、と手を握る。

体温。肌の感触。短剣で硬くなったタコ。一緒だ。

困惑する彼をよそに、伝われ、という思いを込めて手を握り締めた。


「俺がこんなんじゃだめですよね。すみません。俺、カミュって言います。

 でも、それだけしか。……貴方は、俺の知り合い、だったり…しませんか?」


彼の問いに頷いて応えるとぱぁっと明るくなる表情。

けれどもそれはすぐに影を宿す。


「そうですか。でもすみません、俺、何も思い出せなくって」

「……」

「あの、よかったら、迷惑じゃなかったら俺と一緒にいてくれませんか?」

「…?」

「貴方が俺の知り合いなら、一緒にいるうちに何か思い出せるかも。

 それに、魔物がそこら中にいるなら一人より二人の方が安心っていうか…」


カミュの提案にはこくんと頷いた。


「よかった。じゃあ、これから」

「!」

「ってあれ、俺今って。……もしかして貴方の?」


名前?

皆まで言う前には力強く頷いていた。


「(なんとか、伝えられる。大丈夫だ)」


ほっと内心安堵の息をつく。


さん、これからよろしくお願いします」


前言撤回。

さん付けは余計だと思ったけど、どうかこの伝え方を教えてほしい。














(気弱な盗賊と無言の魔女)

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