f (DQ11・カミュ・魔物使いヒロイン・時系列バラバラ)









 Ash  珈琲









数か月に一度。

または年に一度程にそんなペースで感覚がひどく高ぶる時があった。

気が立つ、と表現が正しいようで神経は研ぎ澄まされ、

耳は離れた茂みの魔物の声を捉え、目は視野に入る多くの情報を一気に集めた。


『こいつは、人間なんかじゃねぇ。――魔物だ』


そんな心のない言葉だけが何度も脳内再生されてはを苦しめていた。




 +




パリン、と食器の割れる音が廊下に響いた。

仲間が何事かと駆けつけるとそこには割れたコップ、零れたコーヒー、

そして、途方に暮れて立ち尽くしたがいた。

は何をするわけでもなく手を見つめて固まり、思いつめているようだった。


、さん?」


始めに口を開いたのはセーニャだった。

彼女にケガがないか、異変に敏感な彼女はすぐにそばに歩み寄り手を取っていた。

手に触れられてもなお微動だにしない彼女。

遅れてきたシルビアがそっとセーニャと場所を変わる。


「――ちゃん」

「…!」


セーニャの声では反応がなかったが、付き合いが長いシルビアは違うらしい。

はっと正気に戻ったはすぐにその後ろの仲間の存在に気づき、

少し怯えたように目を宙に泳がせて俯いた。


「なにかあったの?」


優しく問うシルビア。

その間にもそっと彼女の体に触れることで安心感を与えようとしていた。

言葉を選んでいるのか、混乱しているのか沈黙のままの


「シルビア、一度部屋で休ませてあげよう。ここじゃあ…」

「そうね、イレブンちゃん。私、連れて行ってくるわ」

「頼んだぞ、シルビア」

の事、宜しくね」

「ええ。…行きましょ、ちゃん」

「……」


心配そうに眉根を寄せるベロニカ。

彼女の無事を祈るように指を重ねると、隣でうり二つの妹も同じことをしていた。


「………」


少し離れた壁にもたれかかり一部始終を黙って見守っていた温かい瞳。

ほんの少し目を伏せたかと思うと、その場を後にした。




 +




人間不安な時ほど眠れないもので、目を瞑っていても瞼の裏に

映しだされるのは不愉快な妄想やら何時しかの記憶やら。

いっそ深いところまで眠り落ちてしまえたらどれだけ楽だろうと

は内心悪態を吐きながら重たい体を起こして窓を見た。


窓を開けると外から梅雨らしい生ぬるい湿気と鼻につく雨の香りに眉を顰める。


「濡れるぞ」

「いっ」


いないはずの場所から人の声が聞こえてはすぐに体をこわばらせる。

勢いよく振り返るとベッドのそばの椅子に座り込むのはカミュの姿。

いつからいたの、のという問いを言う前に彼は「言っとくけど」と前置きした。


「結構前からいたからな」

「そう」

「つっても、心配かけまいと物音立てずに忍んでっから、驚くのは無理ねえな」

「普通に声かけてくれて、よかったのに」

「はは、わり。誰かさんマジで滅入ってるみたいだったからな」

「む……」


気配を消すのは職業柄得意なんだと笑い飛ばすカミュに唇を尖らせる。


「お詫びになんか持ってきてやるよ。何がいい?」

「……。」

「遠慮すんなよ?」

「どうしてカミュはあたしに優しくするの?」

「おっと、疑問で返してきたか」


おどけて言うカミュ。

はぐらかされたと思ったはすっと目をそらし窓の外を見やる。

雨。しずく。葉を伝い、地面へ吸い込まれる。

純粋にきれいだと思った。


「なんでだろうな。お前見てっとなんか気になっちまうんだ」

「…?」

「妹がいるってのもあるのかもな。多分同じくらいだし」

「妹、いるんだ」

「っぽいだろ?」

「…よくわかんない」


言葉の意図を理解できずに脳裏に複数の疑問符を浮かべる

その様子を察したのかカミュは自嘲した笑みを浮かべた。


「………」

「考え事か?」

「…。あたし、何も返せない」

「なにも見返りなんちゃ求めてねーよ」

「でも」

「甘えられるときは素直にその好意受け取ったらいいんじゃねぇの?

 他の奴等もそうだけど、世話好きばっか集まってやがるしな」


カミュの言い方はどこかとげがあるが、物優しげだ。

目を細めてけらけら笑うカミュをじっと見つめる。


「珈琲」

「ん?」

「さっきは落としちゃったから飲めなくって。二つ淹れてきてよ」

「もう一つは?」

「カミュの」

「へいへい、喜んで付き合いますよ」


減らず口を言うカミュ。その足取りは軽い。

その姿にふわりとほほ笑むと頭をガシガシかいたカミュが歩み寄ってきた。


「お前、笑ってる方がいいわ。何悩んでんのか知らねーけど」

「そうなの?」

「そうなの」


お兄さんがいればこんな感じなのだろうか。

一人っ子のには知るよしもなかった。

ただ、「待ってろよ」と言われ立ち去った彼の後姿を見送りながら

これから訪れるコーヒーブレイクにほんの少し胸を弾ませていた。




 +




『魔物だ』


感情が高ぶり、寝るに眠れず訪れない朝をただ一人で待つ夜もある。

繋がれた鎖。シャラシャラという音。人の笑い声。悪寒。

鮮明に思い出してはあの冷たい記憶を葬り去ろうと重たい瞼を閉じる。


それも、だいぶ減ってきている。


「(この旅を通じて、私あたしが変わったのか、周りが変えてくれたのか)」


わからない。

でも。

わからないことが不快じゃない。


「うまいか?」

「美味しい。カミュと飲むコーヒーは格別だよ」

「おっまえ、ほんとそういうの上手だな」

「へへ」


笑う時間が増えたからかな、と最近思い始めている。














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