(2019.11.09)









 Ash… 断捨離









両親の顔は正直覚えていない。

最後に見たのは5歳の時。

いや、もっと前だったかもしれない。

物心ついたばかりの頃。

癇癪持ちでほぼほぼ寝たきりの母と、酒に入り浸り何かあれば大声で怒鳴る父。

あまりいい思い出はない。

今思えば、あたしが異質だったから、だからバランスが崩れてしまったのかもしれない。

両親とあたしは違う髪色をしていた。

一緒なのはアメジストの瞳。

両親の髪色は綺麗な栗色。

あたしは雪のような白。

異質だった…まさに突然変異ね。

だから見るのがつらかったのかもしれない。

いつも眉を寄せ、怪訝そうに、汚いものを見るように私を見ていた。


「まま。ぱぱ」


外との関わりを絶たれた私の吸収できるものなんてほぼ皆無だった。

そんな中覚えた数少ない言葉。

そう呼んだ時だけ彼らは動きを止めてじっとまるで魔物でも見るかのようにあたしを見た。

あたしは。

あたしは。

不定期にもらえるパンをかじって、ただ生きていた。

その時願ったんだ。


(ぱぱとままをたすけてください)

(あたし、なんにももってないけど、あげるから。いらないから)


ひゅうと風が吹いた。

その時から今まで聞こえていたもの、見えていたもの、何も感じなくなってしまった。



 +




クレイモラン。

どうやらこの街に魔女が現れたらしい。

魔女、と聞くや否や一気に眉根を寄せて顔をしかめた

この地、クレイラモン出身だけあって何かしらの情報を知っていそうだったが、彼女の性格もあってかそれを引き出すにはかなりの根気が必要だとカミュは思った。


(魔女の使い、なんて言われてたんだもんな。そりゃあいい思いはしないか)


勇者の誕生。魔王の復活。そして魔女の――。

その時期に丁度生を受けたアルビノの彼女はそれだけで魔女の使い、魔女の片割れ、魔女の生まれ変わりだなんて呼ばれては迫害された。

幼き日の事とは言えいい思い出ではないだろう。


「本当にみんな凍ってる…」


まるで時の止まった町。

人々は生活の途中にいきなりこの悲劇に見舞われたといわんばかりに氷漬けになり、町は静まり返っていた。

始めはこの街に近づこうとしなかったやカミュも、中の様子を仲間たちに聞いてからは恐る恐る来てみればこれだ。


「いくらこの地方が寒いからって町全体が氷漬けになるわけ…」

「絶対に、理由ある」

「カミュももやけに自信あるじゃない」

「それは…」

「あたし、ここで生まれたから」

「!」


カミュを庇うように発せられたカミングアウトに一同唖然とする。

一番傍で彼女を見て来たはずのシルビアでさえ、知らなかったようで驚いた表情を見せた。


「ここで生まれたって、アンタ、この街の出身ってこと!?」

「そう」

「って、なんでおっさんまで驚いてんだよ」

「私だって初耳だもの。ちゃんったら、本当なの?」

「うん。小さい時、少しだけ」


そう言ってはあたりを見渡す。

その視線に悩まし気なカミュの表情が見えたが、何も触れずに「大丈夫、言わない」と、にっと口元で笑って見せた。


「でも、多分10年、と少しぶり。変わってない。案内できる」

「助かるよ。なら、とりあえずこうなった原因探し出さないと」


イレブンはそういうと白い息をはあっと吐き出した。

それでなくても寒い地域なのに町全体が凍り付いているのだから体感温度はきっと氷点下だろう。

ひゅうと風が吹き上げると一同は身をぎゅっと縮めてその慣れない寒さに体を強張らせた。


「本当に魔女なんているのでしょうか?」

「魔女については諸説あるようじゃが、確かにこの地にはその文化が根強く残っているのも確かじゃな」

「魔女、いる。あたし知ってる」

?」


いつもわからない事や確信を持てない事だと決して口をはさまずじっと話を聞いているだけのが珍しく自分から発言をする。

出身地を話すときもそうだ。

彼女はまるで今日食べたご飯を言うかのようにあっさりと口にする。

あまりにけろっというものだから、ベロニカとセーニャは顔を見合わせて小首を傾げた。


「でも、これ魔女のせいじゃない」

「あら、どうしてわかるの?ちゃん」

「私が魔女だから」


仲間たちはそれぞれ吃驚したように声をあげたり身を固めたり色々な反応をした。

は決して嘘など言わない事を、この度の中で全員はわかっていた。

本人仲間たちの反応を知ってか知らずか振り返ってきょとんと首をかしげた。


「あたし、今魔女の力ない。でも、心当たりある」


皆を置いてきぼりにしてはさくさくと先に進む。

仲間たちは半信半疑のまま、彼女の後をついていくしかなかった。


(返してだなんて言わないから)


は一軒家の前で立ち止まる。

窓から覗いてみると、夫婦がにこやかに食事をしたまま氷漬けになっていた。

あたしが魔女の力を手放すことで、この町から姿を消すことで、あれから上手くやってるようだ。


(笑ってる)


俯く。

油断すると涙がにじんでくる。


(よかった)


けど、後悔はしてない。


「どうした?ん、ここは…」


カミュが隣に立つと一軒家を同じように眺めて考え事を始めたようだ。

はぎゅ、と彼の手を握ると遠ざけるように「こっち」と手を引いて歩き出した。


しばらく手を、離したがらなかった。














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