(吹雪)snowdrop番外編(雨の後に)














 After the rain














タッタッタ。階段を駆け下りる自分の足音。レースのカーテンを捲って部屋を見渡した。


部屋の雰囲気は意外とシンプルな洋風作り。


白い壁。木材のテーブルとイス。観葉植物とレースのテーブルクロス。ああ甘い香り。


きっとチーズケーキを焼いてたんだな。表面は香ばしく中はしっとりのレアチーズケーキ。


店のマスターでもある人物を見つけると彼は薄く微笑んで右手を挙げて見せた。




「やぁ士朗君、おはよう」


「おはよう、おじさん」




カフェのマスターであり僕がおじさんと呼ぶ人物。


まぁ簡単に説明するとの父親。実の。


よくいえば物腰が柔らかく、悪く言えば気弱そうでどこか頼りなさそうな雰囲気。


雰囲気は父親似だな。彼を見るたび僕はそう思う。顔立ちとかは母親似だけど。


おじさんは深緑色のマグカップの水気をナプキンで丁寧に拭き取りながら


きょろきょろと周りを見渡す僕に話しかける。




「…今日は士郎君の方が先に起きたんだね」


「え」




思わず本心が口から洩れた。あれ?と思い


携帯のサイドボタンを押して時間を確認する。


うん。間違いなく10時だ。普段の学校でも絶対遅刻なんかする子じゃないのに。


今日は、昨夜の雨のせいでグラウンドの乾きをまって


午後からの練習となっていたにしても。


は割かし早起きさんなのに。寝坊なんて珍しい。


あ。


そういえば最近様子がおかしかったかも。眼の下に隈なんか作っちゃって。


本人がめいいっぱい気遣って「大丈夫」と言わんばかりにふるっまてたから


そこまで深追いしなかったけど。そういえば。うん。確かに。


寝不足かな。あ、でも。最近は公園での自主トレは僕が


「最近は猥褻とか婦女暴行とか近くであってるみたいだから


 一人で夜遅く出ちゃ駄目だよ?


 もしどうしても自主練したいんだったら


 僕が付き合ってあげるから。ね?


 怖い目にあってからじゃ遅いでしょ」


と、少々大袈裟に吹きこんでおいたから…きっと行ってないはずだ。


言い方は悪いけど。は僕の言いなり。


僕がだめ、って言ったら渋りながらも諦める子。


…だからってこの特権悪用するつもりはないけど。




だって、嫌じゃない。汚らわしくて如何わしくて野蛮な


それだけしか能のないような愚民な奴らに


髪の毛一本でもに触られるなんて。


とっても不愉快こうむる訳。


絶対に現実になんかさせないつもりだけど、もし仮に1%でも


そんな事が起こる状況になったなら――




ボールなしVer.ウルフレジェンド決めてやる。




…。


あは☆なんてね。冗談だよ。本気にした?


絶対そんなこと僕がさせないから大丈夫。僕だってそんな


汚らわしくて如何わしくて野蛮なそれだけしか能のないような愚民な奴ら


蹴るの嫌だもん。飛んだ迷惑。ホント。誰も得しないでしょ?




「最近寝れてないのかなぁ…?」


「うーん。どうだろう…」




寝れてない。


眠れない。


起きている。


何かしている。


外には出てない。


部屋で何かをしている。


作業をしている……




あ。そういえば。と目線を少し宙へと放って思慮する。


思い浮かんだのはメンバーの何人か顔。そして楽しげに会話


(といってもは一方的に聞くだけ)をする二人。ぐしゃり。


今右手に紙やペットボトルなんか持っていたらきっと握りつぶせてる。あは☆





やっぱり僕たちの関係を最初にはっきり知らしめておくべきだったかな。


なんといってもまだまだ友達以上恋人未満の域から抜けられていないわけだけれども。


あーあ。失敗した。付き合ってもないのに


付きあってます宣言するわけじゃないにしろ


僕は好意持ってますよーアピールくらいはしとけばよかった。


最初に「幼馴染だよ」なんて言っちゃうから、…ああなら可能性くらいは。


なんて下賤な考えに及ぶ奴らがいるわけだ。納得。


うーん。早く手を打たなきゃな。うーん…。




「手こずってるみたいだね」


「…え?」




悲しそうに。笑う。まるで無力さを自嘲するように。


が見たらきっと悲しむ父親の表情。




「        」




おじさんの一言に僕は今までの思考を全否定させられた。









 +









“今日はアイツの命日だから”




階段をわざと音を鳴らすようにして上がっていく。


。と名前を呼んで。君の一人だけの世界の中に僕も混ぜてもらえるように。




“色々と思い出す事もあるんじゃないかな”



だから。僕にだけは心開いて。味方だって思いだして。忘れないで。




「サッカーしよっか」




目を閉じていたせいで、太陽が昇っていた事に気が付かなかっただけ。














(ぎゅ、と胸の前で握りしめた手のひら)(その中身は赤と水色の花のピン) inserted by FC2 system