(吹雪)snowdrop番外編 (私が代わりに泣くよ)














 Instead, I cry.














士郎君が入院した。


原因になった試合には私も参加していたわけだけど、何一つ、


気づいてあげられなかったのは正直歯がゆいし悔しい。


悩む素振りもあった。葛藤を仲間に、私に…隠そうとしていることにだって気づいていた。


そばにいるだけじゃ駄目だったんだ。隣なんてすごく遠い。結局は溝があった。


言葉足らずのくせして、隣に立って、守った気でいたなんて…悔しい。


悔しい悔しい…。


もっと早く気づいてあげれていたら。


もっと私が頼れる存在だったら。


もっと…もっと……。




「でもよかったわね、大事に至らなくて」


「…ええ」


「…」




真っ白なベッドで士郎は眠っている。その表情はとても穏やかとは言えない。


あの試合のラストで見せた酷く歪ませた表情がの頭の中で交差してうつる。


DFとして士郎であること、FWとしてアツヤでいること。


得点を期待されているのは士郎。でも期待にこたえるのはアツヤで。


二つの人格に挟まれて、八方塞で、でも誰にも相談できずにいたんだ。


この私にさえも。




「俺たちがいけなかったでやんす。俺たちが止められなかったから吹雪さん無理をして…」


「…あの!吹雪先輩、本当にボール取りに行っただけなんでしょうか?」


「どういうこと?」


「あの…いえ…唯ちょっと」


「なんだよ、音無」




眠っている士郎を囲んでチームが言葉を掛け合う。


は黙り込んだままずっと士郎の方を見ていた。


音無は皆の視線を浴び、少し言葉を躊躇いながら続けた。




「私、少し怖かったんです…あの時の、先輩の顔」


「…っ」


「確かに、見たことないような顔してたな」


「それに、リプシロンと戦った時も…。


 ボールを持ったら感じが変わった時は何度かありましたけど


 あの時は、妙に気持ちが高ぶっていたような」




よく見てる、は思った。そう思うと同時にやはり自分の無力さを憎むのだ。


仲間はずれは私だ。部外者は私だ。


円堂ははっとなって士郎の顔をじっと見つめた。そういえばこんなこと言われていた、と。


「僕、変じゃなかった?」って。




「でも俺、なんか上手く答えられなくて…そんなことないよって」




お前のおかげで同点にできたんじゃないか。


追いつめるために言った言葉でなくても士郎はそれをプレッシャーに感じた。


こんな、悪循環。円堂は気づいてやれなかった、と漏らす。はだんまりする。


は何か知ってるんじゃないか。


鬼道はいった。視線が集まる。ギリ、と裏唇をかみしめる。言いたくない。


逆らうように口を閉ざした。握りしめたシーツがもうしわだらけになっていた。




「吹雪君には弟がいたの」




に集うさまざまな種類の視線をふりほどいたのは吉良監督の一言だった。


張り詰めた空気の色が変わったのが肌で感じた。




「アツヤ君といって、Jr.チームで吹雪君やさんと一緒にサッカーをやっていた。


 兄がボールを奪って、さんが二人をつなぎ、弟がシュートを決める。


 完璧なコンビネーションだった。――でもある日、事故が起きた」




唇が震える。目じりに涙がたまっていく。ぽたぽた。シーツに水滴が跡を作った。


わけも分からず、監督の次の言葉を待ちながら円堂はの肩にそっと手を置いた。


触れてみて初めて気づく。すごく華奢だ。小刻みに震えている。




「サッカーの試合が終わって、車で家に帰る途中――雪崩が起きた」




運よく車から放り出された士郎は助かった。けど。両親、そしてアツヤ君は…。


一人だけ助かった士郎はもう一つの人格、アツヤを作りだした。


一つの体に二つの人格。


皆がそれぞれ反応を示した。今まで疑問に思っていたことがすべて解けたのだ。




「もしかして…エターナル・ブリザードは…」


「アツヤ君の必殺技よ」


『!?』


「つまり、エターナル・ブリザードを打つ時の吹雪はアツヤになってたってことか」


「でも!本当にそんなことできるんすか?二つの人格をつかわけるなんて…」


「難しいでしょうね、だから吹雪君はエイリア学園との過酷な戦いで


 その微妙な心のバランスが崩れてしまったのかもしれない」


「――」




は無言で立ち上がった。全員の視線を振りほどくように速足で部屋を抜け出す。


音無が後を追おうとして、鬼道が止めた。静かに首を振った。


すっと…誰にも気づかれずに一つの影が動いた。









 +









「ごめんなさい…でも、今は士郎君についててあげて。私なら大丈夫」




泣いた後の妙に重い頭と冴えた感覚はまるで雨上がりの空みたいだ。


泣いたって、すっきりするのは自分だけだってこともわかってる。所詮自己満足よね。




「本当は早く解放してほしいって思ってる。士郎君の中のアツヤ君に…もう許してあげてって」




は後ろにいる相手がわかっているのか振りかえらずに、


そして、いつもからは想像できないほど淡々とした口調で続けた。


トラウマのせいで声を発することすら苦手なが唯一――話せる相手。


の背中を見つめてなんと声をかけたらいいかわからないでいる彼は、


ぎゅ、っと手のひらを力強く握りしめた。




「だって――アツヤ君は士郎君を恨んでるわけじゃないんだもの」




ね?


アツヤ君。


君が一番悔しいんだって事――わかってる。




「だから私は…アツヤ君の代わりに泣くの」














(士郎君も本当はわかってるんだよ)(だって、それでもサッカー…辞めなかったんだもんね) inserted by FC2 system