(吹雪)snowdrop番外編「見ていて」














 please look














目を大きく見開いては息を荒げながらもごみ粒程度の糸口を探す。


フィールドを丁寧に見渡してMFとして自分の居場所へと足を滑らせた。


広い視野と咄嗟に性格からは窺えない大胆な行動にでれる。


度量を持ち合わせたプレーヤーとは名ばかりに、


は自分が感じたままに、素直に従ったまでだと言った。




「…、塔子ちゃん…っ!」


「…!あれだね!」




滅多に口を開かないの声に少し驚きつつも自分の元に走ってくる彼女に


財前はひとつの事に神経を集中させた。失敗なんて不安はない。いつだって…


いつだっては自分に合わせてくれるという絶対の自信があった。


膝を曲げて出来るだけ高く。彼女をもっと高いところへ連れて行けるように飛び上がる。


空中でバランスをとりながらとスパイクの裏同士をくっつけさせると


互いに同時に膝を曲げ、財前はをより空へと送り出した。届け。




―タワー・テンペスト―




空はのテリトリー。特に――塔子の力を借りた今は無敵と思えるほど。


ジェネシスチームから巻き上げたボールの位置。そしてその奥に見えるフィールド。


誰も届くのできない、あらゆる束縛から解放された空。そしてこの高さ。


風になろう。




(士郎君がいない今。私は私にしかできないことを――)




地上からでは気づくことすらできないであろう“穴”を見つけ、


は表情をこわばらせ、右足を真後ろへと引いた。


全神経をこの一発に決める。きつい。つらい。倒れてしまいたい。…でも!


視界に一瞬ベンチで握りこぶしを作っている士郎と目が合った。負けない。




(約束を――守る!!!)




「――ねぇ」




息が止まる。


時間も。


世界も。


視界さえも。


止まる。


目の前に、ヒロトがいた。


否、今はグランといったか。


は驚きのあまり目を見張った。




「太陽に近づきすぎた人間は羽をもがれて地に落ちるんだよ――」


「――」




が蹴りこんだサッカーボールの逆側から蹴りこむグラン。


力の差なんて歴然だった。雷門の全員がそう確信した。そう、自身も。


ググググ。信じられないほど強い圧力が右足に集中する。


例えるなら痛いというより熱い。けれども歯を食いしばって耐える。


重力は下へと向かい始めた。




先輩…!オレが…ッ」




ゴール前で立向居が声を振り絞る。


膝を支えに立ち上がる彼にこのシュートは重い。


まだ彼には雷門のシュートを守ってもらわないといけない。


なにより。雷門はもう一点たりとも譲れない。




「ふうん」




その声がよりいっそう間近で聞こえた。そう。


吐息が顔にかかるほどの至近距離で。そして何事もなかったようにあっさりと。


グランはに口付けた。


一瞬の出来事。正気に返ったが咄嗟に振り払おうとした瞬間。


体勢がずれそしてそれはバランスさえも崩した。蹴る威力が一気に減り、


グランとボールを残しては重力にしたがって地上へと振り払われた。


弾き飛ばされる刹那――辛うじてかすめる事ができた爪先が


なんとか軌道をずらし落ちていく視界の中で


シュートがゴールポスト弾かれたのを見て安堵した。




!!!」


(先輩)!!!』




自力で飛び上がって落ちるのとは訳が違う。そんな事わかってる。


それくらいのリスクを伴わないと勝てない相手だということも。覚悟…してたよ。


ベンチに座り、疼きながらも拒み続けていた吹雪が立ち上がったのが見えた。




“無理だけはしないで”




この試合が始まる前。気まずそうにそういった彼。無理もない。


そう思ったは薄く微笑むだけでそれを返した。嘘は、付いてない。


ぐ、と握りこぶしを作った。その瞳にはまだ、光が宿っていた。


まだ、私ができることは残っている。雷門の歯車になる。一点入れる。


そして――士郎君を待つんだ。ここで。「おかえり」っていうために。


だったら、ここで終わるわけにはいかない。


この高さからの落下で無傷とはいかなくても、最小限の代償で済ませることくらいなら。


壁山が体を張り、そして立向居はムゲンザハンドで衝撃を減らそうとがんばった。


二つのクッションに助けられながら右手首をうまく使い


足や頭からの激突を避けた。ゴロゴロと転がって、手首の痛みに少し悶えた。




「大丈夫か!?!?」




円堂がかけよりすぐにメンバーが集まった。は右手を何事もなかったように装った。


その後、半そでの裾で口元の湿り気をぬぐい、グランを睨み付ける。悔しい。


薄く微笑むという愛想振りまく気分にはなれず、服の土を払いつつ立ち上がる。


ぐらり。


視界が揺れてもう一度地面にしゃがみこんだ。一同が驚きを隠せない中、


一番絶望の表情を浮かべたのは本人だった。


力が入らない。もう痛みすらわからなくなっている。そんなことに、気づかなかった。




「吹雪…」




鬼道の声にはっとなったのはのほう。近づいてきている。立て。立て。


今だけでいいから立ち上がって。こんな大事なときに…何やってるんだ。


ぽろぽろと涙が零れ落ちる。役立たず。無能。そう思われたくないのに。


ぽかすかと右足を叩いて奮い立たせるの手首を取ったのは


目を細めた無表情の吹雪だった。目が合う。は自分から目をそらした。




「…ごめん、なさい。…私じゃ、士郎君の代わりなんて……」


「…」




もふり、と。首元に柔らかい感触。それが士郎がどんな時でも


欠かさずつけていたアツヤ君のマフラーだと気づくのには大分時間がかかった。


え、でも。だって。そんな。


頭の中でぐるぐると沢山の疑問符が渦巻いていたとき、


ふわり、と、笑顔がふってきた。あ、久しぶりに見た、かも。




「とりあえず、応急処置しないとね」


「…、」




掴まれたままの右手首。やっぱりばれてた。眉根を寄せて視線を泳がせる。


もう言い逃れはできない。そう直感で理解し静かに黙ってうなずいた


くっと、顎を引かれた。




ちゅ。




重ねるというより咥えるような、ふき取る様なキス。


応急処置って…高鳴った心音と頭の奥が真っ白になるような意識の中、


はようやく気がついたがもうおそい。


咄嗟の出来事に豪炎寺と鬼道はそれぞれ立向居と円堂の目を覆い隠し


他の雷門のメンバーもそれぞれに目を覆うなり呆れるなり顔を染めるなり


多種多様な反応を示した。そんな中彼は少しも悪びれたわけでもなく、




「試合中だから今はこれだけで我慢してね」




とさらりと言い放った。ゆっくりと立ち上がりマネージャー一同に


ベンチまで運ばれるを見送り、そしてグランを見つけて強くにらみつける吹雪。


首元の風通しのよさに違和感を感じつつも不思議と怖くはなかった。














の気持ちは僕が引き継ぐ…)(だから君はそこで見ていて) inserted by FC2 system