(泉・おお振り原作沿い・野球部ヒロイン)









 ほろにがホリック 03









「わー」

「おー」


桜が満開な入学式は数年ぶりとのこと。

よく晴れた日だった。空の青と桜のピンクが絶妙なコントラストだった。

玄関口に張り出されたクラス編成のポスターを眺めて、

泉との二人はそんな声をこぼした。


「同じクラス、中1ぶりだね」

「ホント。一年間宜しくな。知ってる奴いてよかったぜ」

「苗字からして流石に席は離れるだろうけど」

「何々、近くじゃないと寂しいんですかい」

「きしょい、あほ泉」


からかわれたは顔を真っ赤にさせて先に体育館へと入っていく。

こういう時、は真面目だ。

反応に困っているのがまた可笑しくてついからかってしまう。


「つーか、今日早かったのな」

「あ、ごめんね。先出て一言声かけるか悩んだんだけどさ」

「いや、それはいいんだけど、あの後寝れなかったの?」

「お陰様でぐっすりでした。まーちょっと準備というか」

「…ふーん(ん?心の?)」

「あっ、阿部たちだ。ちょっと挨拶してくる」

「んー、いってら」


こんな時にしか着ないスカートのプリーツがひらりと揺れて

ついつい目で追ってしまう自分がいる。


「(アイツも私服で通うって言ってたし、スカートも見納めだろうな)」


かく言う自分も私服登校組の一人だったりするのだが。

普段スキニーにトレーナーorパーカーが主なの服装を思い返して

今のうちに目に焼き付けとかないと、とまで思うのは悲しい男の性である。


はぱぁっと表情を明るくさせて駆け寄っていった。


「阿部に栄口じゃん!なんかジャージじゃないと雰囲気かわるねぇ」

「よっ、昨日振り」

さんも…雰囲気変わるね」

「そう?いい意味でとっとくよ」


体育館はすでに同じ年の人やら父兄やらで溢れていた。

係の人に席位置を教えてもらい、照らし合わせる。


「2人は何組だった?9組に名前なかった、よね」

「俺は7組、栄口は?」

「1組。あちゃー皆わかれちゃったね」

「ホント。まぁ部活始まったら毎日放課後会えるけどね」

「まぁなー」


お、9組こっちだ、と表を見て自分の座席を確認する。

それぞれが各クラスごとの席に向かう。

別れ際に栄口が言う。


「昨日の、そういえば練習したの?」

「おう、完璧だぜ」

「噛んだら鼻で笑ってやるから安心しろー」

「…阿部ってホントやなやつ…」

「阿部はヤナやつだよ」

「はあ?」


なんでだよ、と声をあげるがそれさえもかき消すほどにぎわっている。

笑いながらもじゃあね、と手を振り自分の座席に向かう。

いつの間にか先に座っていた泉が振り返る。


「さっきの二人?前言ってたヤツ」

「そそ。声かけてくれてよかったのに」

「どーせ野球部だろ。あとで会うし」

「まぁ、それもそうなんだけどさ(…なんか、機嫌悪い?)」


は何度か瞬いて、それ以上深く話すことをやめた。

会場が静かになってきた。

時計の針は10時を示している。


「(やっべー、緊張する…)」


先日シガポに頼まれた事。新入生代表挨拶。

原稿はあらかじめ用意されていた。

確かに、確かに特待生合格だけれども…っ、と内心ぼやく。

正直、理事長だとか来賓の話なんて耳に入ってこない。

でもその時はあっという間で。


「新入生挨拶、代表1年9組さん」

「――はい!」


前の席に座る泉の体がびくっとなったのが視界の隅で見えて

ほんの少しリラックスできた。言ってなかったもんなぁ。


「(ほらー超驚いてる…)」


ちょっとしたサプライズが成功した気分だ。

っと、そうじゃないそうじゃない。

事前に受け取っていた手紙を薄く開き、視線は極力全体へと向け、話す。


『 温かな日差しの中、芽吹き始めた草花までもが私たちを

  祝福しているかのように感じられる今日の良き日―― 』


手先は少し震えた。

でも、幾数もの視線の中にしっかりと見知ったメンツの目を見つけて安堵する。


「(ちゃんと、見てて)」


入学してすぐの大仕事を、はさらりとやってのけたのだった。

この活躍がちょっとした噂になり、廊下ですれ違う人には声をかけられ、

翌日のクラス会では学級委員長に抜擢されたのは言うまでもなかった。




 +




「ばぁばーこんにちはー」


ガラガラと昔ながらの扉を開け、玄関から叫ぶ。

よいしょ、と背負っていたエナメルバックを置くと返事も聞かずに

靴を揃えて置いて祖母のいるであろう居間へと向かう。


「おや、今日だったかね入学式」

「うん、孝介と同じクラスだった」

「そうかい。言ってくれりゃあ店閉めたのにねぇ」

「いいって。…あのね大事なプリント貰ったからさ記入お願いしてもいい?」

「はいよ。そこ座ってな」

「うん」


ちゃぶ台の上には友人が遊びに来た際の手土産のもなかが置いてあった。

確認をとって、一つ頂く。


「この保護者のとこだね」

「うん、いつもありがとう。」


こういう時両親がいないってのは不便だ。

書いといてー、なんて簡単に言えない。


「ばぁば、また野菜とお米貰って帰っていい?」

「あぁ、いいよ。ただ――」

「働かざるもの食うべからずでしょ。わかってるよ。

 …網戸と障子の張替えしようと思うけど、他何かある?」

「洗面所の電球切れてるからついでに変えといてくれ」

「はーい。あっばぁば、印鑑ここ」

「はいはい」


老眼のばぁば…祖母は老眼鏡をかけてプリントに目を通す。

印鑑の位置を再度確認して間違いがないようには念入りに確認した。

その為に再提出なんて迷惑はかけられない。


「(それでなくても、野球部に入るなんて我儘言ってるし)」


実際、プロからのスカウト、女子野球部のある高校からの推薦の話、沢山あった。

しかしそのすべてを断って西浦高校の道に進んだのは

私服校で制服代がかからず、特待生合格で授業料免除、そして

成績優秀者、家庭事情を理由に利子無しの奨学金を受けることが

高校で野球を続けることの条件だったからだ。


「(その為に相当勉強した。これからも、していかないと)」


成績不振で奨学生取り消しなんてたまったもんじゃない。


「アンタ、今日は練習なかったのかい」

「うん、今日は式典だけ。明日から体験入学期間始まる感じ」

「部活しながら家の事に勉強だろ。本当にやっていけんのかね」


ばぁばの言葉はどこか嫌ごとっぽい。

それが心配からくるものだと気づくのにだいぶ時間がかかってしまったが、

いまならそれも、なんとなくだけど、わかる気がする。


「何事も、経験だよ」

「…そうかい」


プリントへの記入が終わったばぁばはきっと私に渡す分の

お総菜や野菜の用意をしてくれている。

は頂いたお茶を一気に飲み切り、湯呑を洗うと髪を一つに縛って

居間の障子と網戸を新しくするために動き始めた。


「(さ、好きなことをする為にひと汗かくかな)」









(やること沢山だぞー)(明日からの部活も超楽しみ…!) inserted by FC2 system