(泉・おお振り原作沿い・野球部ヒロイン)









 ほろにがホリック 05









引き出しの中には、数日続いてのチョコ菓子。

ポッキーの日もあればキットカットの日もあったりと

バリエーションは意外と多く、飽きさせない配慮があった。

…じゃなくて。


「(アイツ、ここ連日寝れてねぇみたいだけど、合宿大丈夫かよ)」


泉が心配する要因は来週末に監督が設定した群馬の三星学園との

練習試合を兼ねた合宿の事。

合宿となれば今のように夜様子を見に行くこともできないし、

ましてや携帯すら繋がるのか怪しいところ。


「(って、本人一番気にしてるから夜にそれ出てるのかもだけど)」


人一倍強がりな彼女の事だからきっとあの「弱っている姿」は

隠し通そうとするだろう。目の下に隈なんか作っても


『いやー枕変わると寝れないんだよねぇ』


なんて言ってのけるに違いない。こればかりは確信が持てる。

長年だてに幼馴染はやっていない。


「っと、泉。どっちがいい?」


そんなこと考えていたら引き寄せられたように彼女登場。

じっと見つめると、何、とでも言いそうな怪訝な顔をした。


「くれんの?」

「うん、担任の手伝いしたからそのお礼で貰った」

「あー、健康観察してたな、そういや」


朝礼、まさかの教室に慌てた様子で飛び込んできた担任は

職員朝礼があるとか何とかで学級委員長のに健康観察と

朝自習の通達を任せて颯爽と去っていった。

一同唖然としていたのを思い出す。


「(健康観察…泉君、なんて呼ばれたっけ…)」


気恥ずかしさを思い出すとなんだかこそぶったい気持ちになり、

それを隠すように差し出されたパックのうち、コーヒー牛乳の方を受け取った。


「そそ、他にもプリント人数分印刷してさっき終わったとこ」

「…なに入学1週間でこき使われてんだよ」

「絶対代表挨拶のせいだと思うんだよなぁ」


それがあり学級委員長に任命され、雑用を任される始末。

こりゃ紙パックジュース二本じゃ安いわ、と泉は同情した。


「三橋と田島は?」

「購買行った。腹減ったんだと」

「…まだ2限終わりなんだけど」

「あいつ等よく食うもんな。もう戻ると思うけど、なんかあった?」

「いや、次英語当たるけど大丈夫かなって」


はドが付くほどのお人よしだ。

そうでないと担任の仕事をあれだけ引き受けたり、

クラスメイトの体調を気にかけたりなんてしない。

男女関係なく接し、気遣いもできる、運動もできる才色兼備とはを指すだろう。

イチゴ牛乳を飲んでいると、思い出したように「あ、」と呟く。


「ねね、泉、聞こうって思ってたんだけどさ」

「んー?」

「三橋って小学校の時いたあの三橋かな」

「…どの三橋、」

「あっれ、いたと思うんだけどな。1…か2年の時さ」

「アイツ中学は群馬って言ってたくね?」

「そうなんだけど。転校した子、確かミハシレンだった気がするんだよなぁ」


勘違いかな。

はくるりと視線を回して首をひねる。

泉が相も変わらず訝しげにしているのを見て「浜田に聞くか」と結論づいた。


「つか、本人に聞けばいいじゃん」


悪意ある言い方にじぃっと睨むと泉はすぐに降参して手をひらひらさせた。

彼特有の独特な話し方を半分笑いながら言ったものだから気を損ねたのだろう。

はどんな相手であれ馬鹿にするような言い回しをすると怒る。

それがどんなに変わった相手でもだ。


「私が投手って聞いて変に意識されてる気がすんだよなぁ」

「…あぁ、なんか言ってたね。中学三年間マウンド譲らなかったって言う」

「私は公式戦出れないから張り合わなくていいのにね」

「……」


張り合ってんのはどっちだよ、という言葉は呑み込まれる。


「(それを三橋に言ってる感じでもなさそうだし、圧かける気満々じゃん)」


カラカラとジュースを最後までのみ切ったは、空になって手でいじられていた

泉のコーヒー牛乳を何も言わずに抜き取ると捨てるためにゴミ箱へと向かった。

背中に向かってサンキュ、と投げかける。

が戻ってくるのと、予鈴がなるのはほぼ同時だった。




 +




受験、春休みで鈍った体を元に戻すという意味を込めて、

はじめの一週間の練習は体ほぐし運動や走り込みが主だった。

それから段々と本格的な練習が始まっていき、そのうちに中も深まっていった。

毎朝走りこんでいたつもりだったが、やはり男子の歩幅に合わせると負荷がかかる。

あっという間に4月が終わり、世間はGWを迎えるというのだから驚きだ。


「さて、いよいよ明日から合宿です。体調管理と荷物チェックは帰ってすること!」

『はい!』

「寝坊してバス待たせるとか在りえないからみんなそのつもりでね!」

『はい!!』


今ではすっかり女監督、女子部員どうこうと口に出すものはいなくなった。

力でねじ伏せたといえば語弊があるが、練習を通して見てもらえている分は大きい。

それじゃまた明日、と言われ、部員たちは一斉に脱帽して挨拶をする。


「(ついに明日になっちゃった…)」


汗でべっとりとくっつくユニフォームを脱ぐと

ビニール袋で完全密封して鞄の奥底にしまい込む。

石鹸の香りの制汗シートでべたつきを押さえ、ジャージに袖を通す。


ちゃんの匂い好きだなー。私も中学の時使ったことあるー」


そういって、女子更衣室で一緒に着替えるのはマネジで入部した

阿部と同じクラスの篠岡。

ふわふわとした雰囲気がとっても可愛らしい女の子だ。


「運動部の必需品だよねぇ。日焼け止めもだけど」

「日焼け止め!…私もう汗ですぐ落ちちゃうからすぐなくなっちゃうよー」

「わかる。毎年何個使うんだって感じ。地味な出費ってか」

「うんうん!なーんか、ちゃんとこーいう話できるの嬉しいなー」

「女子あるあるじゃん」

「そーなんだけど、なんか、もっとさばさばしてるのかなって…」


思っちゃって、という言葉は尻込みしていた。

男の子に混ざって走り込みやノック打ちなんかやってるものだから

部活のままの姿が普段の様子といい意味で誤解してしまっていたようだ。


「普通だよ。でも、私もしのみたいな可愛いこと話せると楽しい」

「か、かわいくないよー(ちゃんが好かれる訳わかるなぁ…)」


赤面する篠岡を笑い飛ばして更衣室を先に出る

男子たちはグラウンドでだらだら喋りながら着替えており、まだのようだ。


「しのー、多分合宿はうちら同室だと思うけどよろしくね」

「こちらこそよろしくー。夜メールしていい?絶対忘れ物しそーなんだよね」

「全然おっけ!ってかおやつパーティーしよーよ、持ち寄ってさ」

「デブ活じゃん。ちゃんは太らなさそー」

「その分部活中絞ってますから」

「なにそれー」


他愛もないことでケラケラ笑える。

シニアでも女子は何人かいたけど、同性がいるとこんなにも気持ち明るくなれる。

…流石に根っこの深い部分まで話せる中になるのはずっと先の話だろうけど。


「(チャンスあったら泉クンの事どー思ってるのか聞かなくっちゃ)」


篠岡は内心そんなことを企みつつ、明日の合宿に期待を膨らませた。

他の部員と話すときとは全く違う親密な空気。

篠岡の女子センサーは見逃さなかった。









(ここ毎日不眠続き)(あの時のことを思い出して、今夜も気を許せない) inserted by FC2 system