(泉・おお振り原作沿い・野球部ヒロイン)









 ほろにがホリック 06









『――、―』


音が鳴る。

がなる声。

罵声。

言葉にならないほどの荒げたそれは着実に心を蝕んでいた。


『―――』


スイッチのようなものがある。

オンか、オフかの極端な2択。

オンになると、すぐに分かる。

聞こえるはずのない音がカチッと聞こえるんだ。

何がきっかけなのかは今でもわからない。

ふとした拍子に。

それは私の発言だったり、行動だったり。

はたまた何もしてないときにでも急に訪れ、私を震え上がらせる。


『(大丈夫。これは夢だ。すぐに終わる。終わりは来る。大丈夫)』


オンの時は、心を無にする。

泣いたって、逃げたって、叫んだって、それを加速させるだけだった。

耐える。

疲れるまで。

飽きるまで。

もうコイツはどうしたってどうしようもない、って思われるまで。

大丈夫。

大丈夫。

あぁ。

でも。

なんか。

…。

痛いのは。

やっぱ嫌だなぁ。

嫌だ、なぁ。

…。

……。

………。

なら。

いっそ。

いっそのこと、さ。

言えないけど。

こんなこと。

口が裂けたって言えないけど。

もし。

もしも、さ。




『 いなくなっちゃえばいいのに 』




なんて。

思ったら?









止む音。

静けさ。

無音。

耳鳴り。

暗い。

暗い。

深い夜の事。

その日はとても静かで。

不気味なほど静かで。

叩かれてもないのに怖くて震えてしまうほど。

不自然で。


――あ、れ。


悪夢が終わって、始まった日。




 +




『はあ!?』


男子部員一同の慌てる声を引き金に現実世界に意識は戻される。


「(やっべ、転寝してた…)」


首周りにしっとりと汗をかいている。

いつもの夢だ。

は誰にも気づかれないように服を仰いだ。

ここ数日の寝れてないせいかふとした時にでも眠気は来る。

深い眠りはやってこずに、むしろ「あの時」のフラッシュバックばかりで嫌になる。

バクバク高鳴る心音を宥めるように息を吐き、後部座席を振り返る


「え、何。そんなおっきい声出して」

「何か忘れもの?買えるものなら今のうちに」

「なんも!」

「平気!」

「…そ、そう?ならいいけど」


慌てる男子勢が何か言いかける田島を強引に押さえつける。

篠岡とを意識するように慌てる様子を見て


「(あー、田島がなんかアホ発言したわけね。なるほど)」


は寝起きながら状況をすぐに理解した。

男子部員にそう言われながらも後ろ髪ひかれる思いの篠岡を

福の裾をひっぱり笑顔を見せると、いくらか安心したような笑顔が返ってきた。

…篠岡ってホント素直な子だなぁ。


「起きちゃったね」

「ごめんね、話し相手いなかったから暇だったでしょ」

「ボーっとしてたから大丈夫!ちゃんこそ、大丈夫?」

「ん?」

「ちょっと、寝つき悪そうだったっていうか…」

「あー…。まぁ、最近あんま寝れてなかったからそのせいかな」

「そうなの?」


篠岡は心配そうに眉を八の字にした。

心配かけちゃだめだ。

脳が信号を出す。

夢の余韻。

ニィっと笑って見せる。


「まだ1時間くらいかかるから、今のうち休む?私、することあるし」

「うーん。なら、お言葉に甘えよっかなぁ」

「そうしなよ!…その代わり、夜色々聞く予定だから」

「…え?」

「ふふん!」


そう言っていたずらっ子のように笑う篠岡。

本当にころころと表情が変わる子だな。

何を聞かれるのかはわからないけど、と頬を掻くと

はもう一度外していたイヤホンを耳に差しなおし視界を閉じた。

浅い波が引き寄せる。

いっそ。


「(足をすくって、深いところまで溺れられたらいいのに。そしたら)」


あの日の夢を何度も見ることなんてないのに。




 +




バスが止まるとそこは、携帯の電波も繋がらないような山奥の山荘だった。

築年数はだいぶ古く、廊下を歩くだけでどこかギシリ、と軋む。

エナメルバッグを背負いなおすと、一同口々に思いを呟く。


「雰囲気あるなぁ」

「おぉー」

「花井、やばくない?掃除のやりがい超ありそお」

「それ思った。…つか、バッド持つの代わる」

「お、マジ?」

「マジ。気づかなくてごめんな」

「いいのに。あーじゃあ私、残ってたやつ貰ってくるわ」


花井は水谷と巣山に声をかけ、から荷物を受け取り運ぶ役を買ってくれた。

そういう気づかいは流石うまい。

女子扱い、が抜けないあたり彼の根っこの部分が優しいのだろう。


「監督、着いたら荷物置いて…掃除ですか?」

「うん!…それが終わったら山菜取りにいこっか」

「え、山菜?」

「そうそう。夕飯も自分たちで作るんだよ」

「すっご…いですね。本当に合宿なんだ」


周りを見渡しては料理こそは力になろうと決意する。

そんなことを考えていたとき、視界の端で人が通るのが見え、目で追う。

目の先を走り去った田島は泉の右腕によって静止させられていた。


「ってぇ!」

「知らねぇトコで走んなよ」

「っぷ、泉、田島の保護者じゃん」

「ええー!?」

「お目付け役みたくなってんだよなぁ。まじ勘弁」


同じクラスとなり一か月。

それなりにクラスメイトの事、校風、授業の雰囲気が掴めてきた。

同じ部活に所属するメンツなんかはより一層。


「ってか、も気になんねぇ!?風呂とかどんなんだろなー!」

「……。田島って大真面目に覗こうとか考えてそう」

「え。」

「(図星かよ…)大丈夫、俺が見張ってっから」

「流石お目付け役。ってか泉もアヤシイ」

「ばっか!しねぇよ!」


「なんだよぉ、イベントじゃんか」などと訳の分からないことを言う

田島にデコピンをかますとは通された部屋に荷物を置き、

掃除を始めるほかの部員に混ざるべく、掃除道具を手にした。


「(栄口はトイレしてくれてるし、西広と巣山は食器洗い。

 ……あ、花井は布団まで干してくれてんじゃん)」


あの田島も天井の埃取りをしてるし、泉も切れた電球を取り換えている。

はぐるりと見渡して、手持無沙汰になっている三橋を見つけた。


「三橋ー」

「おおぅ!!?」

「…え、なんかごめん」

「あっ、ご、ごめ。俺…」

「いや、えっと…ビビったことに、ひいたり怒ったりはしてないよ。

 それよりさ、三橋手ぇ空いてるなら一緒に廊下拭きしよー」

「…う、うん!(、さん、いい人だぁ…!)」


三橋。同じクラス。投手。きょどる。自身がない。挙動不審。

同じクラスなのに、相変わらずこの子の発言の意図が読みづらい。

雑巾をきゅっと絞ると同時に「そういえば」と数日前泉と話していたことを思い出す。


「三橋ってさ、ずっと群馬?」

「へ?」

「転校した子に似てるなぁって泉と話してたんだよね」

「…おれ、小学校まで、こっちいて」

「お、やっぱり?ならさ、浜田とか覚えてるんじゃないの?家近かったじゃん?」

「はま…、……………!」


思考が一瞬停止した。

それから一昔前のコンピュータみたいにぐるぐると何かが回転して、

思い当たるところがあったらしい三橋はぱあっと表情を明るくした。


「はまちゃん…!」

「わかる?浜田」

「うん!浜ちゃんだぁ!」

「やっぱあの三橋じゃんね。記憶違いじゃなくてよかったー!」

「あ、じゃあ…さん、はあのさん」

「多分そのさん。1年の頃クラス一緒だったよねー」

「おお!」


色々繋がって楽しいのか三橋の表情はきらきらとしている。

そうか、中学までずっと向こうだったから知り合い少ないって思ってたんかな。

内心、その浜田も実は同じクラスなんだけど…と呟くものの本人はきっと

気づかず今まで過ごしている。

混乱させないためにも今話すのはよそう。とは思う。


さん、なんか、変わってて…俺気付かなかった」

「……そう?」

「(なんか、もっと…)」




無口で、地味な感じじゃなかったか?














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