(泉・おお振り原作沿い・野球部ヒロイン)









 ほろにがホリック 07









「(もっと、今みたいに笑うんじゃなくって…)」


小学校の時のさんはどちらかというと地味な方で。

クラスの端っこで本を読んでるような大人しい子だった。

口数も少なく、話した声を聴いた記憶も正直薄い。

自分が言うのもなんだが目線も中々合わず、言葉もどこか尻込んでいて。

どこか怯えたように教室の片隅で静かに過ごしていたという印象が強い。


『 三橋ー 』


今のように活発で。


『 それよりさ、三橋手ぇ空いてるなら一緒に廊下拭きしよー 』


クラス委員を務める程しっかり者で


『 やっぱあの三橋じゃんね。記憶違いじゃなくてよかったー! 』


人望も厚くて。


『 多分そのさん。1年の頃クラス一緒だったよねー 』


そんなタイプの子じゃなかったのに、と三橋は誰に言うわけでもなく疑問符を浮かべる。

目の前の彼女は、本当に、あのさん…?


(何かもっと)


そう考えた時、顔に出てしまったのか彼女の表情に影がかかったような、気がした。

きっと、勘違い、だろう、けど。


「さ、掃除はこれくらいにして、山に山菜取りにいこっか」


シガポの言葉で三橋の思考は途切れる。

さんを見るとさっきの表情は何だったのか、キラキラの笑顔で自分の手でクシャっとなったままの雑巾を回収して片づけをまかされてくれた。

なんだか、普通だ。

ならきっと自分が見たのは気のせいか何かなんだろう。

各々していた作業を一度止めると、山菜というワードに驚いたり、きょとんとしたりと思い思いの反応を見せた。

春の山菜って言うと…と。

三橋は蕗の薹やヨモギ、つくしを思い浮かべて今晩のおかずに期待を膨らませた。




 +




三橋と阿部は別メニューと言われ、他の部員たちと別行動となる。

投球練習なら私も、と身を乗り出してみたもののモモカンのニコっという視線に意図ある練習だという事を察したはボールを投げたい気持ちをぐっと抑えて山道を歩くことにした。


「なーなーインチョー」


先ほどから子犬のように自分のそばにくっついて回るのは同じクラスの田島だった。

人懐こい彼は男女の間合いなど気にせずに体当たりしてくれるから付き合いやすい。


「なんでインチョーは行ってねぇの?」

「そりゃあ私も行きたかったけどさ」

「俺てっきりあっち組かと思ってた」

「でもま、モモカンもなんか考えてる事あるんじゃない?…私はこれもメニューと思って楽しんでるけどな」


人数が少ないうちの部活で試合をすることになるとまずは三橋と阿部の信頼関係が重要になるだろう。

三橋がどれだけ心を開けるか、そして、阿部がどれだけ彼を許容し、待つことが出来るのか。


(果たして今回の合宿で出来んのかねえ)


は肩をすくめた。


(ま、何事も楽しめってか)


不安定な山場は足元が緩かったり崩れやすいところもあったりとするため、結構足腰この強化になりそうだ。

普段、平坦な砂利道をランニングしてるだけのはそこらの女子よりかは体力があるがこういう地形に特化していないだけあって楽しみながらトレーニングが出来るなんて。


「すっげえ、くま」

「…うっさい泉」

「お前そんなんで大丈夫かよ」


不意に横を見るといつからいたのか、目線も合わせずただ黙々と山菜をむしる泉の姿。

いつもは彼にしか頼ることが出来ないにとって貴重な存在の彼だが、彼の直球を受け流せるほど生憎自分には余裕はないようだ。

いつもなら軽い口で交わして流すところを今回ばかりは押し黙った。

泉もその反応を見て黙る。


「……」

「……」


この重い空気を換えたい。

何か違う話をしなくては。

楽しい話。

空気の代わる共通の話。

思考をくるりと巡らせてみるが、回転しようとしない頭が空回りして焦らせる。

先にしびれを切らせたのは泉の方だった。


「はぁ、いいけど」

「…」


よっこらせ、なんて言いながら別の面子に適当に声を掛けて合流する泉。

せっかく。

気遣ってくれたのに。

気を、使わせてしまったのに。


(へたくそ)


自己嫌悪したって仕方ないのに。

小さく芽を出す蕗を潰れない程度にぎゅ、と握りしめる。


(もうすぐ、大っ嫌いな夜が来る)


もっと疲れてしまったらすぐに眠りにつけるかもしれない。

発想は安直だが、今はどんな些細なことにでも縋りついていたい気分だった。


?きちい?」


花井の言葉にはっとなる。

やばい。

やり過ごさなきゃ。


「へーき。腹ペコたち多いから骨折れるなって思ってただけ」


なんてへらり。

また、悪い癖。

「だよなー」なんていう彼に安堵する。


(( ばーか ))


遠くで泉の動きもピクリと止まったのが視界の端に映る。

相変わらず下手くそな笑顔を張り付けたまま、気づかぬふりを決め込んだ。














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