(泉)









 ほろにがホリック 08









「いやまじ流石高校男児。あんだけあったお米、ぜーんぶ平らげちゃうんだもんね」


逆に見てて気持ちがいいよね、とは笑いながら家で使うものより二回りも大きい炊飯器を洗う。

摘んできた天ぷらたちを美味しく平らげ、男子たちは順番に風呂を回したり布団を敷いたりと休む準備を進める中、篠岡を手伝いは台所にいた。

週一で祖母の家に通ってはいるが半一人暮らしのの生活能力はそこいらの高校生よりはぐんと高く、今日の片づけから明日の下準備まで手際よく行われた。

瞬く間に洗い物が終わっていく光景を目の当たりにして篠岡が息をのんだ。


ちゃん本当に尊敬するよ…」

「え、何急に」

「手際よすぎ。おんなじ女子として恥ずかしいくらい」

「しのもこれくらいすぐに出来るようになるよ。むしろ私としては、しのの気配りスキルの方が尊敬する。大丈夫?ちゃんと夜食べれた?」

「うん、まわりも見ながら自分の好きなものもしっかり確保してるから大丈夫!」

「そゆとこまじで好きー」


「もー」と、笑い声が起きる。

前もって篠岡が考えてきたメニュー表を覗き込みながら、材料の個数を確認したりすぐに調理できるようにした処理をしたり。

ごみ袋を広げて野菜の皮むけの為に水道で泥を落としているの隣にすっと篠岡の影が落ちる。

ニッコリ笑顔を前面に張り付けた我野球部のマネジに口が引きつった。


「でで、実際のところどうなんですかい?」

「え、何そのテンションこわ!」

「泉君と実際どうなの?二人の時名前で呼んでたりするよね」

「すっごい観察力…!あーでも確かに幼馴染だからねうちら。家も近いし。家族ぐるみで仲良かったし」

「ほう、それでそれで!」

「…あ。さては逃がす気ないなぁ?」


わかる?と篠岡は満面の笑みで笑う。

しゃっしゃと人参の皮を剥きながら改めて考える。

幼馴染、ご近所さん、同級生。

どの言葉も正解なはずなのに口に出してみるとどれもそれだけにとどまるものじゃないもののような気がしてくる。

かといって恋仲かと聞かれれば答えはNOだ。

じゃあ何なんだろう、とくるりと思考する。

腐れ縁、と言うのが今出てきた中で最善のポジションのような気もするが、夜な夜な自分が不安定になる度、頼って、呼びつけてを繰り返してしまうこの関係をその言葉に押し付けてしまってもいいのだろうか。


『お前そんなんで大丈夫かよ』


さっと心の蚊帳が落ちそうになるのをはっとなって食い止める。

まだ、だめだ。

彼女にまで心配を掛けてはいけない、とどこかでアラームが鳴り、咄嗟に変わりの言葉を探すために脳を回転させる。

へらり。

大丈夫、笑えた。


「残念だけど、しのが思ってるような関係じゃないよ、うちら」

「えーそうかなぁ。あっ、でも泉クンの方はそうじゃなかったりして。今日もちらちら見てたし」

「…」


二度目だが観察力がすごい、と突っ込みたくもなる。

その言葉をぐっと喉の奥にやってしまったのは、日中の彼の言葉を思い出したから。


『はぁ、いいけど』


あれにはさすがの彼も愛想をつかしたに違いない。

そうだ、いっそ突き放してもらえば頼らずに済むのかもしれない。

依存、という関係に終止符を打てる、のに。



篠岡の言う言葉はきっと嘘偽りのないきっと事実だろう。

彼はいつだって心配してくれてるのに、それでも私は上手く振舞えなくって、そんな自分に自己嫌悪に陥る。


(迷惑かけてばかりじゃ駄目だってわかってるのにな)


気持ちと行動が伴わない。

焦ってしまうのは最も苦手な夜が近づいてきていることを察知してなのかもしれない。


ちゃん?」


声にはっとなる。

心配の乗った声。

話の軌道をすぐさま元に戻し、にこりと笑う。


「考え事。きっとそれは私じゃなくって、後半いっしょに行動してた田島の事見てたんじゃない?ほら、なんかお目付け役っぽいじゃん、泉」


完全に言い切ってしまうと、は「何とかなりそうだね」と一区切りつけて話を強制的に終わらせてしまう。

2人で喋りながらではあったが、消灯前には無事に終わりほっと息をつく。

そうこうしているうちに男子たちもいつの間にやらはじまっていた枕投げ大会が収束したようでそれぞれが夜に向けて気持ちを落ち着かせていくのを肌で感じた。


ちゃん?)


合宿先は街灯がないので夜は月や星が綺麗に見えるほど真っ暗なものになった。

男子たちとは対照に自分の気持ちはざわざわとあらぶってくる。

笑っている、のにどこか怯えたような、切羽詰まったような彼女を気遣う篠岡の視線にすら、は気づかなかった。




 +




「気になるなら声掛ければいいじゃん」


真っすぐ、射貫くような視線に宛てられて泉は動揺するしかなかった。

その動揺が口元にしか出なかったのがせめてもの救い。

枕投げ大会の直後で興奮しきっている面々は一人ひとりの表情まで気付くことはなく、泉一人の異変に気付くわけもなかった。

知ってか知らずが田島は続ける。

山菜取りの後半、「インチョー、インチョー」といつものようにまとわりついていたのは、彼なりにの違和感を気遣う、末っ子の勘のようなものだったのかもしれない。

自分が近づきすぎても「平気」「大丈夫」と強がりの一方戦の彼女に見兼ねて黙って遠くから様子を見ていたものの、違うものが釣れたようだ。


「…何の話?」

「ま、言いたくないなら聞かねーけど」

「アイツがお前になんか頼んだとか?」

「いんや?あの時してたのはフツーの話。野球の話とか好きな食べ物の話とか」

「へぇ」


探るような発言でも、田島は裏表のないいつもの調子で正直に答える。

野球部の中でも同じクラスの面々は打ち解けるのも早く、また田島の社交的な性格なら、気もほぐれるかと思いきや今の彼女にそこまでの余裕はなかったらしい。

ちらり、と無意識のうちに目で追ってしまうのは夜がとことん苦手な幼馴染の姿。

今は台所でマネジに篠岡と楽しそうに談笑交じりに朝食の下準備に励んでいるが、いつ影が落ちるかと不安で仕方なかった。

…それがまさか田島に筒抜けだったのだと思うと照れくさくてしょうがない。


「インチョーって普通に可愛いよな」


ちくり。

黒い小さな小さな棘のようなものが胸に刺さった。

この痛みの正体を、泉は知っていた。

知っているくせに視線を田島に戻すことが出来なかったのは、彼の声色が本気のものだったからだろう。

監督相手にそうのように、部活内までそう言った感情を持ちこむ奴じゃない、とわかっていても、今の泉を急かすには最も適した言葉で…。


「…」


いくら視線を送ってみても、まるで避けてるかのように彼女が自分を見ることはなかった。

田島の言葉は「待ってたってしょうがないだろ」という意味を含んだもののようにも思えた。

分かってる。

その通りだよ畜生。

これは牽制だ。


もうすぐ彼女が最も恐れる夜が来る。

携帯は圏外。

助けにも行けずに力にもなれない。


泉は田島の言葉に「普通じゃね?」と返すと、足本に転がる枕を一つ掴んで自身のスペースに乱雑に置いた。














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