(泉)









 ひとりじめ









車内アナウンスと共に電車の扉が閉まる。

じりじりとアスファルトを焼き付けるような熱気の中、

冷房の効いた電車内は私たちにとって天国のような場所だった。

練習試合からの帰り道、相手校から最寄り駅までの少し高めの切符を

大事にしまい込んで、野球部一同はほんの少し長い道のりを談笑して過ごした。


「おっ。―。―」


花井の声には9組達との会話をやめて振り返る。


「席空いたぞー」

「ホントだ。三橋ー、席空いたって」

「ふひ…!?」

「三橋ー…じゃねえよ、お前が座れよ」

「え?私?」


自分が座る、なんて考えが全くなかったかのようには驚いた。

花井は呆れてため息をつきながらも、三橋に同意を求める。


「いいよな、三橋」

「!…う、うん!、さんが…座る、べき、だ!」

「皆のほうが断然疲れてんじゃん!私なんか3回までちろっと投げただけだし」

「や、でも打者としてヒット打ってんだろ」

「それは花井や田島も一緒……」

「あぁ、もういいから座れって!」


素直に座ることを渋る

花井は阿部に助けを求めるが、肩をすくめるだけで返された。


「…」


それを見ていた泉。

やれやれとため息をついて、一人分のスペースを空けて椅子に座った。


、先に座ろうぜ。帰っても振り返りして練習あるだろうし」

「…うーん、いいのかなぁ」

「いいって。それに女立たせといて座りにくくね?」

「それも、そっか…」

「(おおぉ!泉ナイス…!)」


エナメルを肩から外して座る

流石幼馴染というだけあって彼の隣に座ることには抵抗はないようで、

むしろ彼が座ってくれなかったら座ることはなかっただろうと思う。

は「後で代わるね」と他の部員に言い、大人しく言葉に甘えていた。


「それにしても、2回さ、よく四番から三振取ったよねぇ」

「びっくりだよね。(言いたくないけど)阿部のリードがよかったんだよ」

「おーい、聞こえてんぞー」

「はは。その後超崩れてたよね、相手」

「まさか1年の女子に完封されると思わなかったんじゃね?」

「かも。舐めんな、って話」


ニッと笑う彼女。

は球種も多く、三橋程のコントロールはないが丁寧な配球ができる投手だ。


「絶対女だと思って舐めてたからね、あの人。投げてて気持ちよかったもん」

「(そりゃあ集中する前に決め球放られてたら、堪えるよねぇ)」


同情1つ。栄口はしてやったりなに頬をかいた。

と言えば阿部と並ぶ頭脳派で、センスより計算重視に

組み立てて試合していくプレイスタイルだ。

首を振る投手でもある為阿部との衝突もしばしば。


「でも正直、4回からは三橋が投げてくれるって思うから

 最初から全力いけるってのもあるなー」

「お、俺も―!、さん、が…投げてくれる分、肩温めれる、から」

「そう言って貰えて嬉しい。練習試合だけでもなんて私の我儘なのに」

「我儘、じゃ、ないよ!」


言い切るなんて珍しい、とは驚いたのち「そうかな」と微笑む。


「でもやっぱ投げるの楽しいや。打ったり走ったりも好きだけど」

「…やっぱってさ、公式戦出れねぇのって悔しかったりすんの?」

「当たり前じゃん!超悔しいよー」


花井の言葉にかぶせ気味には言う。

「やっぱそうだよな…」と花井は尻込みした。


「でも、自分も出たいとも思うけど、みんなに勝ってほしいとも思うからさ」

「…!」

「その為にみんなの役に立てたらいいなって感じ!」

「(…)」


話を聞いてる野球部員全員が「連れて行かなきゃ、甲子園」とそう思った。

そーだ、とは手帳を開いて今日のスコアを整理する。

自分が投げた分、感触、打った際の手ごたえ、選手目線で記録する。

さらさらと書き進める。

夢中になっているを泉は横目で


「(あんま下向いてると酔うぞー)」


と、耳打ちした。

はっとなる、。口を一文字にして泉を見やる。

間。

固まる、

「え」と顔をしかめる泉。

言わずとも理解する。


「(…酔ったの?)」

「(あは)」

「(…このだほ)」


限りなく小声でそう呟く。

普段ならそうでないことも試合の後だ。疲れてんだろうけど、と泉は思った。


「(着いたら起こすからちょっと目ぇ、閉じてていいぞー)」

「(えっでも)」

「(いいから)」

「……」


も、泉には弱い。そう言い切られてしまうと、甘えるしかなくなる。

鞄をぎゅ、と抱きしめると自然に瞼は下がっていった。


電車と一緒に吊皮が揺れる。

野球男児たちの声。

ドアの開く音。

入り込む熱気。

車内アナウンス。

電車が動き出し、隣に座るの体温が伝わる。

静かな寝息。

ちらりと盗み見る。

長いまつげ。

薄桃色の唇。

グラウンドでは感じさせない異性にドキリとする。


「なになにー?、寝たの?」

「しぃー!田島うるさい。寝かしといてやれよ」

「わぁってるよ花井。…泉超役得じゃん。寝顔超可愛いー」

「だろー。ってあんまじろじろ見んなよ」

「ずっりぃー。俺とかわれよぉ」

「うっせー、水谷」


ひど、っと水谷は笑いながら言う。

その隙にいつの間にか携帯を構えていた田島が寝顔をパシャリ。

ピロリんという撮影音に一同は「起きるんじゃないか」と

肝を冷やしたが、意外とぐっすり眠っているらしい。

気づくことなく寝入っており、一同はほっと胸をなでおろした。


がたっと、電車が揺れる。

その際、ん…と少し身じろいで泉の肩にもたれかかる形になった。


「(やっべぇ、めっちゃ緊張する…)」

「(泉…拷問だろうな…)」

「(おーおー、顔が赤くなってら。これ言ったら怒るだろーケド)」


ぐっと、口数が減る泉。

こう、もたれ掛かると余計起こさないようにと動けなくなった。

体温、匂い、寝息…どれも高校男児にとっては耐え難いものだった。

無防備、ずるい。

ドキドキが伝わりそうだ。


「あっ、そうだ。田島ー、さっきの見せて」

「写メー?おー」


田島から携帯ごと受け取る。

カチカチと操作すると、泉のポッケでバイブがなった。

それを見て阿部やら花井やらの勘のいいヤツは気づいただろう。


「(こいつ…自分の携帯に寝顔写メ移しやがった)」

「(しかも田島の方はしっかり消すという念の入れよう…)」

「なー、まだかよー」

「ちょい待ち」


最後に自分に当てた送信メールさえも消去して証拠は完全に隠滅する。

降りる駅まであと2駅。

あと少しだけこの役得を満喫しなくては。













(わり、間違えて消しちまった)(えぇ!まじかよ、超可愛かったのにー!) inserted by FC2 system