(2021.05.25)(過去拍手掲載夢)
「真冬の恋7題」--冷たくて、暖かいあの季節がやってくる--
―― 素敵お題配布 「確かに恋だった」様
初雪が降るまでに
画面に触れる親指が重い。
いつもなら滑らかにスライドするそれも、今日のこの気温の前ではまるで意味を持たなかった。
それでもはスマートフォンに果敢に指をすべらせて文字を打ち込んでいく。
しゅっと送信。
ぽよん、と緑色の吹き出しで相手にメッセージが送られたことを確認すると、さっさとカバンに放り込んで目の前の書類の束に目を向けた。
「インチョーごめんね。本当にこの後大丈夫だった?」
「うん平気。それより先生ホント調子いいよね。こんなので思春期真っ只中の私たちの時間が買えると思ってるんだか」
「うっ…釣れた人間がここに一人」
押しに弱い彼女はそんな自身の性格に困ったように笑い方手を挙げて自白する。
目の前には終業式の時に生徒に配布するのであろう書類がページごとに鎮座していた。
そしてその傍らには申し訳なさそうに置かれているコーンポタージュのホット缶が2本。
担任の先生に両手を合わされ、レジュメのホチキス止めを任されていた現場をは目撃してしまったのだ。
クラスメイトの姿を見て、これまたお人好しのが黙って見過ごせるわけもなく今に当たる。
「ま、冷めないうちにとっとと終わらせよ。2人でしたら倍速で終わるはずなんだから」
「ちゃん本当にありがとうー。神様ー救世主ー」
「わかったから手を動かしてってば」
泣きつくように縋るクラスメイトの美紗ちゃんにケラケラと笑いながら答える。
手を動かして、といったもののこの気温の中じゃ倍速とまでは行かないだろう。
教室の暖房機器がぶおんぶおんと音を立てる。
それなのに体の芯からぬくもる感じがしないのは間違いなく外気との温度差のせいだ。
部屋の中ですら白い息が出そうなのだから、歴史ある学校というのも考え物だと思った。
設備くらい整えてほしいのが本音。
「今日雪降るんだってね」
「まじ?」
「まじ。栄作さんが言ってたもん」
「わぁ、もう一枚着込んでくればよかった」
こんな寒さでも口は動くようだ。
他愛もない話で寒さを紛らわしながらはパチンと束ねた書類をホチキスで止める。
数枚の紙の束が乗った机を2人でぐるぐると往復すれば、次第に山は小さくなってきた。
「泉くん大丈夫だった?」
美紗が言う。
何が、と問う前に美紗は「最近いつも一緒に帰ってるよね」と返した。
シーズンオフのこの時期の部活は日が落ちるのも早く筋トレや走り込みといった体力維持に当てられることが多い。
その為、真夏のあの大会に向けて頑張っていた頃よりも早く上がれることの方が多く、その後の時間を恋人として過ごすことが自然と増えていった。
泉とが恋仲というのは今となっては周知の事実。
『なぁなぁ、さんって彼氏とかいんのかな。野球部でそういう話聞かない?』
『はぁ?インチョーは孝介のだろ?』
隠していたわけではないが、自ら公開するわけでもなく、思い返せば田島がそう返したのがきっかけ。
クラスの反応は「やっぱり?」というよりも「そうだったの?」といった驚きに近かった。
恋人同士、というよりは親しい友人同士のようなカップル。
幼馴染、という関係がそうさせるのかもしれない。
今となって思えば孝介の方は変な虫に言い寄られないようにアピールしておきたかっただろう。
しかしの「え、そう?私に孝介以外考えらんないけどなぁ」という言葉に一蹴されていた。
ちょびっと気をよくしていたのはここだけの話。
「さっき、先に帰っててって連絡したし大丈夫だよ」
「わーもう本当にごめんねぇ」
「いいって。家も近いから帰ってからも会おうと思ったら会えるし」
とんとん、と書類の端を揃える。
嘘じゃない。
けれど独占欲の強い彼が聞いたら拗ねてしまいそうだなと内心くすりと笑う。
返事は見てないがきっと二つ返事で彼は了承してくれているだろう。
最後の一束をまとめ終わった時、鞄の中からブブっと音が鳴った。
バイブ音の元を辿って鞄の中を手探りすると明るくなった画面には2件の通知が届いていた。
“わかった、部室で待ってる”
“終わったら連絡して”
絵文字も顔文字もないシンプルな文章が彼らしい。
ひとつめの受信時間を見ると30分ほど前…作業をはじめて間もない頃だった。
待ってて、くれてる。
画面越しに、彼女の終わりを待つ可愛い彼氏の姿が目に浮かんで思わず頬が緩んでしまった。
クールぶってるし、気のきいた言葉なんて少ないほうなんだろうけど、こうして一緒に帰ろうと待っててくれてるのは純粋に嬉しい。
「泉くんなんだって?」
「あー、部室で待ってるっぽい」
「待っててくれてるの?優しー!…こっちはもう職員室に持って行くだけだからもう一人で大丈夫だよ」
「ごめんね、美紗」
「いいって。あとこれ、報酬!」
すっかり冷めてしまったコーンポタージュの缶が空いた鞄の隙間から落としこまれる。
サンキュ、と手を振るとマフラーを掴んで教室を飛び出した。
廊下の空気にひやりと身がしまる。
“終わった、今行く”
画面に目を落とし小走りで駆け抜けながらメッセージを綴る。
吐きだす息が白い。
指先がだんだんとかじかんでくる。
ふと足を止めると、段々と動きが悪くなっていく指を動かして想いを飛ばした。
“ すき ”
校舎を飛び出して部室のあるグラウンドの方へと向かう。
ほう、と空を見上げると、とうとう分厚い雲から柔らかい雪がこぼれ落ちてきた。
ブブ、と手の中が振動する。
画面を見つめて、ぶわりと胸の奥が熱を帯びた。
“ 俺も ”
空から舞い落ちるまっしろなそれは、そっと頬に触れて、熱で簡単に溶けてしまった。
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ぽちり