(泉・合宿後のお話・長いです)









 弁当









「あれ、ってかお前ら弁当のおかず一緒じゃん」


いつものコンビニ飯のビニールを剥ぎながら浜田は言った。

二か所に注がれる視線。

二人の弁当と、二人の顔。

泉は口いっぱいに放り込んでいたから揚げをごくんと呑み込むと

「そーだよ」とあっさりと相槌を打った。


「もしかして、の手作り…とか?」

「違う違う。恵子さんだよ」

「泉のかーちゃんに作ってもらってんの?」

「そーなの。自分で作るつもりだったけどお言葉に甘えております」


中学までは給食だったから何にも考えてなかった入学前夜を思い出す。

やばい、弁当ジャン。作らなきゃじゃん。作り置きつめて、冷食頼って…

などと考えていたとき、泉の母より打診があったのだ。


ちゃん、よかったらおばさん作ってあげよっか』

『えっ、全然いいですよ!毎日ってそれなりに大変だし…』


恵子さんは自分の家庭のことを知っている数少ない一人だ。

知ってるからこそよく細かく気にかけてくれる。

職場の余りを譲ってくれたり、洗濯物取り込んでくれていたり。


『いいのよ。お兄ちゃんの分いらなくなってるし、1人の為に作るって難しいから』

『いいんですか…?』

『ウチ男二人でしょー。女の子のお弁当って作ってみたかったのよ』


流石に高校生相手にキャラ弁なんて作ることはないだろうけど、

気持ちだけはそのくらい喜んでもらっている。気がする。


『作れないときとか、あったら言ってください。その時は作りますんで』

『そう?ちゃん料理上手だから助かるわー。うちの子結構食べるよ?』

『作り甲斐があります』

『まぁ!』


そういって、恵子さんは笑ってたけど、今のところ全部作ってもらっている。

何だか悪いなぁとも思うけど、おかげで野球にのめりこむ時間も増えるし

美味しいごはんをお腹いっぱい食べれて毎日幸せだ。


「(感謝、だなぁ…)」


幸せを噛みしめながらごちそうさまの合唱をする


「…二人は、付き合っては、ないんだよね…?」


恐る恐るといった風に浜田が言う。

登下校もほぼ一緒。部活も一緒。お弁当の中身も、クラスも一緒。

野球以外でも同じバンドの話をすれば意気投合してるし、

お互いの食の好みも理解している。

甘酸っぱい関係では決してないが、よきパートナーだと浜田は思う。


「…俺らんトコ、親同士仲良かったからこういうのフツーだかんな」

「そぉなぁ。でも確かに思春期の男女…らしくはないのかも?」

「……だな」


こういう時、泉は肯定も否定もせずに無難に答える。

否、泉に限らずもそうだ。


「(二人見てるとなーんかじれったいっつーか…)」


一線超えないもどかしさ。

おいおい泉、あんまり煮え切れないままだ先越されるぞ、とも思う。

野球部で運動神経もいい、学級委員長として人当たりもいい、そしてあの笑顔。

狙ってる輩は絶対にいるはずだろうに。


さーん、ちょっといい?」

「あ、はーい。ごちそうさまでした。ちと行って来る」

「んー」

「はーい、行ってらっしゃい」


確か彼は隣のクラスだったはずだ。選択授業が一緒だった気がする。

浜田は2人がそのままクラスを出ていくのを見送り、

姿が見えなくなってから話を切り出した。


「…いいの?」

「何が」

「(っと。機嫌悪いじゃん)いや、あれ告られるっぽい雰囲気じゃなかった?」

「そおかー?」


ちょっと考えるそぶりは見せるが面倒くさそうに肘杖をするくらいだった。

空気が悪いな、話でも変えるかと浜田が引き下がろうとした時、

購買に行っていた田島と三橋が戻ってくる。


「おっ、パンあったかー?」

「ぜんっぜん!人も多いし、残ってるのも少ないし。なぁ、三橋!」

「う、うん。お、俺…焼きそばパン、たべた、かった…」


そう言いながらも2人はあまりもののパンをしっかりゲットしてきている。

育ち盛りの、ましてや運動部。食べた後以外常に腹ペコだ。

声を合わせて合唱をすると、二人してパンに食らいついていた。


「そういや、告られてるっぽい感じだったぞー。なぁ三橋」

「……」

「へ、へぇ…」

「ふひっ!」

「アイツもてるもんなぁ。男女関係なく優しいし、フツーにかわええし」

「(やめろ田島…その天然は泉を絞殺しにかかってるから…!)」


段々と俯く泉。

何を考えてるかはわからないが機嫌は徐々に悪くなっている。

というより頭を抱えて落ち込んでいるといった方が正しいのかもしれない。

そんな泉を見兼ねて田島が話を切出した。


「言わねぇの?」

「…は?」

「ちゃんと伝えねぇと、ホントに取られっかもよ」


試合でしか見せない真剣な声色の田島に、浜田はびびっと鳥肌を覚えた。

そんなにわかりやすく好き出ししているわけでもない泉だが、

それでも田島にはその好意、ばれていたらしい。

話の輪に入れない三橋。泉の反応をじっと待つ浜田。


「はああ…。だよなぁ……」


ため込んでいた息をめいいっぱい吐き出して泉は机に伏せた。


「(取られるのはいやだ。ケド、どうやって切り出せってんだよ)」


10年以上幼馴染をしてるものだからそんな甘い空気に中々なれない。


「(もし伝えられたとして、今まで通り、じゃなくなんのも嫌だ)」


長い時間ともにいるだけに、改めて話ってのも、なぁと泉が渋る。


「今時部内恋愛禁止とかアイドルじゃねーんだし。インチョーも

 部活内にそういうの持ってくるヤツじゃねぇし、いいんじゃね?」


心の中を見透かしたように、田島が言う。

いつもより5割増しにおどおどしていた三橋が、勢いよく口を開いた。


「お、俺も…!…お似合い、だと…思う……なぁ」


尻込み。

減速する言葉。

合わない視線。

三人は一斉に顔を見合わせ噴き出した。


「泉、三橋に応援されてやんの!」

「うっせーぞ浜田!ってか、田島も笑うな!」

「やべーうけるー。いいぞ三橋ー」

「ふ、ふひっ」


三橋にあまり手を挙げない泉だが今回ばかりは頭を押し付けるくらいはした。


「(そりゃ勢いってあるだろうけど。――だぁ、もう!)」


考えたって、仕方ないんだ。

そう思ってはいるのだが、体は正直で体温がぐっと上がった。

予鈴がなる。

昼休みが終わり、それぞれは5時間目の移動教室のために引き出しを漁り始めた。


「お、ー。おーい」


浜田が呼ぶ。

二つの瞳で彼女、を見やる。

やっべぇ、やっぱ、好きだ。なんて。

取られたくない、なんて思ったりもして。


「やっば、次移動か。準備してなかったや」

「……話、なんだった?」

「え、」


さりげなく聞くつもりが思ったより直球になってしまって

自分でもびっくりしてしまった。

は宙に視線を這わせて言葉を選んでから「大丈夫だよ」とだけ言った。

場所が悪いのか、言葉を濁そうとする

泉はそんな彼女の様子を察して、ぐっと口を閉ざした。


「(いけーいけー!)」

「(あぁ!?)」


背後から生暖かい視線を感じてみれば浜田と田島(+三橋)の

応援するような、はたまた冷やかしを入れるようなヤジ。視線。

泉はキッと3人を睨んで釘を刺し、彼女と共に次の教室を目指した。




 +




「今日もご馳走様でした」


そういって、玄関先で洗って食器乾燥機をかけたばかりの弁当箱を泉母に渡す。

恵子さんは上がっていたら、なんて毎回声をかけてくれるけど

流石に夕食終わりの家族団らんを邪魔するわけにはと、丁重にお断りする。


「から揚げ美味しかったです。漬け置きですか?」

「そうそう。昨日の余りだったんだけど、味濃くなかった?」

「ご飯が進んでよかったです!」

ちゃん好き嫌いないっていうか、何でも食べてくれるから作り甲斐あるわー」


恵子さんは娘のように自分を見てくれ、接してくれる。

それが何よりもうれしいし、こうやって話をする時間も本当に好きだ。

「また、明日もお願いします」と言った矢先、廊下突き当りの扉があき、

ほかほかと蒸気をまとって上半身裸の泉が髪を拭きながら出てくる。


「あがったー」

「もう、孝介ー。ちゃん来てるんだから、」

「っと、わり」

「ううん、気にしないで。すぐ帰るつもりだったのに話し込んじゃって…」


泉はの存在に気づくと適当なTシャツをすぐに着てくれた。

小学生からずっと野球ばっかりな彼は小柄のくせに筋肉はしっかりついてる。

足、速いもんね。球もよく打ってるもんね。練習、ついていってるもんね。

見慣れているといえば語弊はあるが、なんとなく目をそらしてしまう。


「もう帰ります。お弁当、明日もお願いします」

「はーい」

「……」


髪の水分をタオルで大雑把にふき取っていた泉が沈黙の後切り出す。


「あのさ、ちょっとコンビニ行かね?」

「え…私はいいけど、湯冷めしない?」

「平気。おふくろ、ちょっと出てくる」

「はーい。ちゃんと送り届けなさいよー」

「わぁーってるよ」


ちょっと面倒くさそうに言う。思春期の男の子ってこんな感じなんだろうか。

兄がいることもあってか母親は慣れた様子で送り出す。

一向に目を合わせてくれない泉に疑問を感じながらも、

は泉の後を続いて歩いた。




 +




「なんか喰う?」


コンビニまでの道中何を話すわけでもなかった泉がようやく切り出す。

そうやって初めて自分が財布を持っていないことに気づき、

でも言い出すことが出来ず「私はいいや」と笑顔で手を振って見せたが、

泉にはお見通しだったようで彼は簡単に


「どうせ財布ないんだろ?俺が急に連れ出したんだし今回は出すよ」


なんて言ってのけるから、は簡単にお言葉に甘えてしまう。

…それでもそこまで値段の高いものを言わないあたり性格が出てるなと思う。


「パピコ食べたいー」

「おー。なら分けるか。…これとこれ、どっちがいい?」

「白いほう」

「買ってくるわ」

「ありがと、泉」

「……」


もう慣れはしたがいつからかは「泉」と呼ぶ。

夜のあの取り乱してしまう時はしっかり「孝介」呼びなのだから、

彼女なりの一線があるのだろう。…それでもはじめの頃はだいぶ悩んだものだが。


「立ち食いもなんだし公園行くかー」

「はーい。…アイス、持つよ?」

「俺も喰うしいいよ」

「…。泉は私を甘やかしすぎだと思うなー」

「学校でも部活でも気ィ張ってんだから、たまにはいいんじゃね?」

「…そんなことないし」

「あるし。何年見てると思ってんだよ」


お前ばっかを、という言葉は呑み込まれる。

ぐっと言葉を押し黙る

再び緊張感漂う静けさが漂い、そうこうしているうちに公園にはすぐについた。

夜も深まるこの時間に人っ子一人見当たらない。

貸し切り状態の公園のブランコに二人して腰掛け、アイスを半分こにする。


「んまー」

「うめー。こっちの味初めて食ったかも」

「私こればっかだよ。ご褒美感覚に大人のパピコ」

「おま、安上がりなー」

「誰が安い女ってー?」

「言ってねぇー」


そういって泉が笑う。

そんな彼を横目でとらえて、は言った。


「なんか、あった?」

「ん?」

「いや、いつもにまして口数少ないっていうか、話があるのかなって」


からすれば、例の夜の発作のことも話の候補に挙がっている。

何だろうと悩むより、直接彼に聞こうと勇気を出してみた。

泉は「あー」とすこし渋り、


「昼休みの、どうなったのかなって」


とあいまいに返した。


「あー、あれね。原口君のね」

「いや、名前までは知らねぇけど。浜田も田島も告られてるとか、言うから」

「うーん、まぁそうねぇ」

「……で、実際」

「まぁ、好きって言われたよねぇ…」

「…なんて返したんだよ…(やっべ、今の俺なんか情けないぞ…)」


緊張で顔が見れないでいる泉。

は「断ったけどね」とそこだけはしっかり言い放った。

ガラッとの隣でブランコが音を立てて揺れる。

すぐにそれが泉が飛び降りたからだとわかった。


「いずみ…?」

「――ずっと、好きだった」

「…」

「俺にしとけよ」


つながった手はとてもぽかぽかしていて心地よかったのを覚えている。

野球をしている時以上に真剣に見つめるものだから目をそらすことが出来なかった。

射貫く、視線。

真剣さ。

伝わる。

右手の温かさ。

うつっていくようで。

何でもない、事なのに目頭がぐっと熱くなってきて、涙が溜まっていく。


「俺にしとけって、なんだよ、馬鹿泉…」

「…嫌なら、言ってくれていいから」


ぐっと目を閉じると溜まってた涙がついにこぼれてしまった。

手を繋いでずっと待っていてくれる彼の手を恐る恐る触れる。


「ありがと、孝介。嬉しい」

「って、ことは…」


念を押すように確認するとは照れているのかほんの少し俯きながら頷いた。

その反応に泉は柄にもなく「っしゃ!」と大きくガッツポーズをした。


「(やっべ〜っ、超嬉しい)」


感極まって抱きしめようかと思ったが流石にそれは恥ずかしかったのか

は目をそらしながら泉の胸を小突いた。


「あほ泉。調子乗んな」

「お前照れると暴言増えるのな」

「…んなことないし。ばか」

「ほら」

「……」


口では勝てない。機嫌がいいのか強気な泉と言い任され気味の

これからの毎日に期待する。

隣に住んでいて、野球が好きで、さりげなく優しくて、でもぶっきら棒で。

身長だって、いつの間にか抜かされていた。

2人肩並べて歩く帰り道。

行き道と関係が違う帰り道。

心臓がどこかまだうるさい。

胸どころじゃなくって喉のほうまで詰まってしまう感じがした。


「…ねぇ、いつまで繋いでるの」

「んー?まぁ家につくまでじゃね?」

「じゃね、じゃないし」

「離す?」

「…え」

「お前ほんと可愛い」

「かっ、からかうなよ…!」


はまりそ、と内心悪戯心に火をともす泉。

まだまだ肌寒い春先。

火照った二人の頬を、ゆっくりと冷ましていった。




 +




「さ、飯くおーぜ」

「(…お?泉なんか機嫌よくね?)」


田島や三橋のような飯キャラでもない彼が鼻歌交じりに弁当開いている。

クールな彼の稀に見る機嫌のよさにこれは何があるなと浜田は思う。


は?」

「しのーかと食べるって」

「へぇ、いつもは一緒なのにな」

「…わかりやすよなー。ほんと」

「なにが……って、え?あいさい、弁当…!?」

「ふふん」


阿部ほどではないが泉もそこそこ腹の黒い人間だ。

弁当箱を開けていつもと雰囲気の違う中身にいろいろなことを察する。


「なんつーか。…おめでと、泉」

「おー」

「中学からって考えると長かったなー片思い期間」

「今日は何言っても許す」

「(ひけらかさないタイプだからウザさ半減だけど)」


浮かれまくってる泉についつい母親気分な浜田。


「超うめー」

「俺もコンビニ飯うめーよ。…あぁ、もう!」


対抗してみたが虚しさが増えるだけだった。

ちくしょー、彼女いいなぁ、なんて言ってる浜田。

頭の片隅でそんな声を聴きながら、泉は自分の好みの詰まった弁当をみて

さらに頬の締まりが緩くなるのを感じていた。


「(これがミーティングの次の日は毎週だもんな。やる気出るぜ)」


米粒1つ残さずに綺麗に平らげた弁当箱。

返した時の彼女の反応が楽しみだ、と泉はさらに笑みを深めた。









(ま、言い寄ってくるヤツもいなくなったわけだし、結果オーライってか) inserted by FC2 system