(泉・付き合う前のお話)









 お陰様









雲一つない晴天空だった。

雲がない分太陽の光が直接頭上に降り注ぐ。

気温は増すし、体力も奪うがこんな時にこそ洗濯物がよく乾く。

手空きになったは10人分の洗濯物を干そうとする篠岡の手伝っていた。


「あっ、篠岡!」


野球部員の一人が叫んだ。

一瞬のこと過ぎて「誰の声だろ」なんて振り返った矢先のことだった。


「(――っと、あれ)」


バットにはじかれたボールが勢いを殺さずに洗濯物を干している

篠岡に向かっているのが視界の端で見えた。

考えるよりも先に手が伸びた。


「危な――!」


誰もが息をのんだ矢先、聞こえていたのは鈍い音と、篠岡の悲鳴だった。


ちゃん―!?」

「っっ…」


咄嗟に出た左手。

グローブを付けていた感覚で手を伸ばしたものだからキャッチまでは

出来なかったが、弾くことは出来、篠岡への顔面直撃は免れた。

歯を食いしばっていたは逆の手でボールを掴むと

何事もなかったかのようにグラウンド側へボールを投げ返す。


「水谷、のーこん!」

「悪ぃ、ー!ってか、手ぇ大丈夫?もろ当たってなかった?」

「見せて、ちゃん」

「っい、」

「ごめん!」


慌ててぎゅっと手を握ったせいか一気に眉をひそめてしまった。

あ、やっべ、内出血しちゃってる。

そりゃグラブある感覚でつい弾くように左手を伸ばしたからな。

条件反射って怖い。

こればっかりは誰が悪いわけでもないけど、あんまりこの場にいるのもよくないな

と思い、は手をひらひら振りながら「へーきへーき」とベンチに向かった。


「氷、用意するね!」

「ごめんね、しのー」

「私庇ったからじゃん、感覚ある?」

「まだジーンってしてるかなぁ。関節じゃなくてよかった」

「ホント、ごめんね…」

「誰も悪くないって」


気にするよねぇ。

自分のせいじゃなくても、関わってたら。

こんな時、こんな時って頭で考えてしまう。


「冷やしてる間洗濯物の続きお願いしていい?飲み物は作るから」

「…うん!」

「(よかった、正解だった)」


正解、と思ってしまったことにはっとなり篠岡を見送った後ちょっぴり落ち込んだ。

篠岡の罪悪感を紛らわすために仕事を任せた。

優しい篠岡は私の分まで頑張ることで、庇ったことへの恩返し位に思うだろう。


「(なんだよ、正解って。私のあほ)」


思わせた、確信犯。

いい顔ぶって性格悪い。

今晩また例のトラウマ出るだろうな、と苦い顔になってしまう。


「(にしても、ほんと関節じゃなくてよかった)」


当たったのが手の甲ならば日常生活に支障はなさそうだ。

部活中、荷物を持つとき、ご飯食べるとき、ばれない。

うん、誤魔化せる。

大丈夫。

されど硬球。

しっかりと熱を持ち膨れ上がりそうでいる手の甲に氷を当てる。


「(気にさせないように、私はいつも通りにする)」


病は気から、じゃないが痛いと思えば思うほど痛いものだ。

痛くない、痛くない。

まじないのように自己暗示をかける。


「――また、噛んでっぞ」

「…っ!」


はっとなって腕から口を離す。

怯えたように目を向けた先には泉が、いた。

気付かなかった。

脳で考えるよりも先に「ごめ」という言葉が漏れた。


「(平常心保つ為に、は汗を拭うふりして左腕を噛む。)」


中学の頃からの癖だ。

試合中、ピンチな場面で、気づかれないように。

無意識のうちに噛んで、痛みで正気を保とうとする。

酷い時は右手の指もだった。

あの頃は試合だけじゃなく家庭内の不安を紛らわす意もあり

半袖で隠れる場所はいつも噛み痕が残っていた。


「…練習は、」

「水分補給つって抜けてきた」

「あ、そういう…」


戸惑いが言葉に乗る。

幼馴染にはきっとばれてる。

お茶を一気に飲み切ると泉は容赦なく言う。


「痛いから、とかじゃねーなその感じは」

「あはは、ちょっと考え事」

「……手は、」

「暫く腫れるだろうけど関節じゃなかったし、持ったりとかは平気そう」

「ならいいけど。気を付けろよー」


それだけ話すと「じゃあな、」とあっさりとグラウンドに戻っていった。

癖について言及されるとばかり思って身構えていただけに、

それ以上触れ入られる事もなかったことにどっと息が抜けてしまった。


「(やっべ、考え込むとなるな。気を付けなきゃ)」


じっとしているせいだ、と溶けた氷袋をしまうため立ち上がる。

朝のランニングも、部活後の素振りも正直考え込まないために始めた。


「(変な気、使わせちゃったな…)」


ぐっと、背伸びをすると気持ちを切り替えるとドリンク作るために

数学準備室へと足先を向けた。


「(悪い癖も治ってきてる。大丈夫。考えるより、体を動かせ)」


ふっと、息を吐き出してネガティブ思考を出し切ってしまうと

晴天模様の夏空を盛大に胸に取り入れた。




 +




「バナナジュース出来てるよー。プロテインと飲む人ー!」


そう声掛けると今まで地面と仲良しだった部員たちの顔に活気が戻る。

篠岡が大量のおにぎりをセッティングしている中、

はコップに注いで手渡していく。


「ってか、、マジ手、大丈夫?ホントごめんな」

「へーきへーき。左手だし、むしろ利き手じゃなくてよかったって感じ」

「あの場面で咄嗟に左出るあたりほんと野球人だよなー」

「…なんだよ、野球人って」


わざとではないにしても球を飛ばしただけに気にしているらしい水谷。

茶化す口調で笑い飛ばして見せると、安心したのか笑顔が返ってくる。

ほんの少し周囲を確認してから水谷がに口を寄せた。


「あん時泉のやばかったんだぜ。顔面蒼白でさ。その後も気が気じゃなくって」

「え、そうなの…?」

「そーそー、フライは落とすは、返球はミスるはでさ」

「わっめずらし」

「それ。もう気になるなら聞いて来いよって花井が気ぃ回してさ」

「へぇ…」


彼もまた、平然を装ってお茶を飲んでたわけだけど、思い返してみれば

視線を合わせてくれなかったのは余裕がなかったからなのか、と納得する。


「(噛み癖見られたのは不覚だったけど、孝介は怪我を心配してくれてたんだ)」

「ホントお前ら、仲いいってか――」

「水谷ィ!お前、おにぎり喰わねぇの―!?」

「はい!今すぐ!(やっべぇ、チクってたことバレたかも)」


泉に叫ばれダッシュで走り去る水谷。

ぷっと笑うと力が抜けた。


「(部活中だったから、すぐに声掛けらんなかったんだな。孝介らしい)」


愛されてるな、なんていうと彼は声をあげて怒るかもしれない。

不器用な優しさにほっこりしつつ、は彼の為に気持ち多めに入れた

バナナジュースを届ける為に彼のもとへと向かった。









(いつもフォローサンキュ!) inserted by FC2 system