(栄口・短編・帰宅部ヒロイン・同級生)









 透けた下心









本をめくる音が好きだ。

ぴらり。ぴらり。と紙同士がこすれあうのを聞くと

何故だか心が落ち着いていくように感じる。耳に心地よいのだろう。

中には川や海みたいな水が流れる音が好きっていう人もいるけど、

胎教?じゃないけど、きっと自分はやたら本を読み聞かせられたのだろうなと思う。


「次は、」

「四時間目、体育。男子はサッカーだった」

「男女別だったね。…男子、サッカーっと」


さらさらと日直簿に書き込んでくれるのは本日一緒に日直当番の

栄口勇人クン。野球部。セカンド。頑張ってる人。

早く部活に行きたいだろうと思って「代わりに書いとくよ」って

言ったのに、真面目な彼は二つ返事でにかにそれを断った。

私、帰宅部だし、いいのにって伝えてみたけど彼は表情一つ崩さずに

すぐに終わるしね、だって。

そう言うならいいんだけどさ。


「女子はバスケだっけ」

「そうそう。あっ、5時間目は英語の自習だったね」

「自習っと」


0.5のボールペンでがりがりと書き込んでいく。

栄口は性格も穏やかだが字も性格通り整っている。素敵。

字って性格出るっていうじゃない?

大きさとか、まるっこいとか、止めハネがしっかりしてるとか。

栄口クンのは、なんというか野球部らしからぬ程、整ってる。


「栄口、ジ、上手ね。尊敬」

「そんなまじまじと見られると緊張するんだけど」

「もー手止めないでよ。部活遅れるよ」

「だから気になるんだって」


栄口はそう言いながらも突き放すことはしない。優しい男の子。

女の子に絶対手を挙げたりしない人。喧嘩したって彼から折れたりしそう。

勝手な妄想だけど。

タダだからいいじゃん。


さんだって、字、上手だよ」

「いつ見たの?」

「田島にノート貸してたでしょ。その時ちらっとみたんだ」

「はず。変な落書きしてなかったかな」

「っく、何の心配してるの」

「だって」


気付けは1日の振り返りの部分まで栄口が適当に埋めててくれてて、

後は日直者の名前を書くだけになっていた。

カリカリと紙を削るペンの音が止まって少し寂しく思った。


「結局ほとんど書いてもらっちゃったね」

「いいよいいよ。プリントとか手紙とか取りに行ってもらったし」

「そう?…あっ、なら名前は私が書いてあげよう」

「え、」


ぎゅっと息をのむような「え」が出た。目をぱちくりさせて

ボールペンが栄口から私の手に渡った。ほんのりあったかい。

不意を食らったような顔をする栄口を横目に、自分の中の一番丁寧な字で

彼と私の名前を書いてみる。人の字を書くのって何となく緊張する。


栄口勇人。




どうだ硬筆初段の腕前は。自分でも納得する出来で満足げに顔を上げると

まるでさっきから時が止まってしまったかのような栄口が文字を

まじまじと見つめていた。なんだよ。そんなに見つめられると恥ずかしいな。

あ、これか。彼が言ってたのは。


「なんか、さ」

「ん?」

「自分の名前書かれるのって結構はずいね」

「そう?」


頬を掻く栄口。それで固まってたのね。納得。

そして二人は誰に言われるわけでもなく移動の準備をする。

二人とも、向かうのは野球グラウンド。きっと篠岡ちゃんが先に

おにぎり作ってるらしいし、今日も帰ってごろごろするなら手伝おっかなぁ。


「先生に出してくるよ。もうみんなアップしてるんじゃない?」

「そうかも。ごめん任せていい?」

「うん。出したら今日も練習覗いちゃおうかなー」

「また来てくれるの?ホント?」

「栄口クン喜びすぎ」


尻尾が生えてたらたぶん今、ものすごい速さで振られてた。

ピーンと立って、ぶんぶんふってはにっこり笑う。

栄口君は犬だとなんだろ……コーギー?ダックス?

ぱあっと顔を明るくしたかと思いきや、その表情は一気にはにかみに変わって。

「?」と脳裏に疑問符浮かべると頬を掻きながら彼が言う。


「その、さ、嫌じゃなかったらなんだけど」

「?…うん」

「用事とかあったら別に、いいんだけど。帰り、よかったら俺、送ってくよ」


お、と頭の中で自分が言う。

私はきっと、ニブいタイプの女子じゃない。

どちらかというとそういう好意とか悪意とかって察しがいい方だと自負している。

その気持ちをいったん気づかぬふりをして何事もないように続ける。


「えっ、全然いいよ!私が暇だから見に行ってるんだし!」

「ほら、帰り暗くて危ないし、さ」

「栄口君確か駅の方じゃん。方向ちょっと違うし、申し訳ないっていうか」


確信したまま言葉を選んでしまう私は相当な悪女だ。

それくらい彼の本意を確かめたいんだろう。

優しくて、おっとりしてて、癒し系な彼の、真っすぐな言葉を。

待ってしまうんだろう。


「聞いて?」


手をぎゅっと握って彼はじっと私の目を見た。

突然の事に持っていた日誌を落としてしまって、廊下にその音だけが響く。


「俺が、ちょっとでも長く一緒にいたいんだ」


彼の手は緊張してるのか少し汗ばんでいたけど、試合の時に見せる様な

真っすぐな視線に当てられて、胸がぎゅーっとつまる。

わざわざ部活に遅れてまで残ってくれた日誌も、帰りの誘いも、

全部彼の下心。

あ、好き。

かもしれないなんて、思ったりもして。


さんがよかったらでいいんだけど」


と最後に煮え切らずに言ってしまうのは本当に彼の

気の優しい部分なんだろうとも思う。優しいなぁ、ほんと。


チャイムが鳴る。

いよいよ栄口クンも部活に行かないといけない時間になってきた。


「栄口クン、部活いっといでよ」

「うん…そろそろやばいもんね」


返事を期待していただろう彼は少し俯いて、気まずさを感じさせないように笑う。

このお人よしめ。

どんだけ私にお熱なんだよ。

小走りで廊下を歩き出す栄口が一クラス分くらい歩いたところで

彼のしゅんとした背中に声を飛ばす


「門のところで待ってるから…!」

「…!」


はっとなって、振り返った彼はとってもびっくりした表情だった。

それからくしゃりと笑って大きく手を振り返してくれる。

廊下に西日が差し込む。

ひとつ、約束を交わしてそれぞれが背中を向けて走り出した。














(やばいやばいやばい。)

(言っちゃったよ俺。どうしよう…)

(絶対彼女は、気づいてる) inserted by FC2 system