(泉)









 相愛









ある時は、「ちょーだい」なんて言って、自分の手の中にあったはずの

いちごミルクの紙パックを返事も聞かずに味見したり。


またある時は、「何聞いてるの?」なんて言って、

片耳からイヤホンを抜いて勝手に聞いていたり。


またある時は。「ちょっと借りるから」なんて言って

友人と話している最中にもかかわらず腕を強引に引っ張って呼び出したり。




その光景を幾多となく目の当たりにしている浜田は、慣れた様子で頬を掻いた。




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彼のやや強めの独占欲ぶりに当の本人はもう慣れっこな様子だが、

元・先輩でもある浜田は呆れたような引いたような、

何とも言えない表情でいつもそれを見ては、繰り返しに言う。


「見せつけんじゃん」


そう?とは軽く返してまたしても担任に押し付けられた雑務を遂行する

ぴらぴらとプリントをめくっては、名前順に並べなおすだけの簡単なお仕事。

浜田からしてみればそれすらも「担任がしろよ」と思う内容だが

一度引き受けたからには断れない彼女の性格を知ってか知らずか懲りずに任される。

…きっと担任もわかってて、こき使ってるんだろうけど。


「そ。だって、まだ1ヶ月なのにクラスの奴等もう慣れてんじゃん」

「それだけ普通の事なんじゃないの?」

「いやー、年頃の子たちは間接キスとか結構敏感じゃね?」

「浜田が意識しすぎなんだよ」


軽く笑いながら言うと、浜田は「俺がうぶなんかなぁ」とこれまた

お得意の裁縫でユニフォームの手直しをしながらうなだれる。


「結局お前らって、付き合ってんの?」


浜田の一言にぴた、との手が止まる。

真正面からじっと見つめる瞳の色は深く、

改めて見つめられると吸い込まれてしまいそうだった。

浜田の言葉には「んー」とやや渋らせたものを返した。


「付き合ってるちゃあ、付き合ってる…のかなぁ」

「なにそれ。泉、はっきりさせてねぇの?」

「いや、好きって言われたよ?うん、言われた。言われたし、返事もした」

「??じゃあカレカノってことじゃないの?」

「でも関係が何か変わったかと言われたら、うーんだなぁ…」


まぁ幼馴染期間が長かったからかなぁとは言う。

浜田とが出会ったのは中学の頃だ。

っていっても、泉と浜田は野球部つながりがあったが、

は一人強豪と言われるシニアチームに通ってたから

練習を一緒にすることなんてなかったし、泉と話すついでに何度か話した程度の仲だ。

それこそ泉が気にかけてるから陰ながら見守り(茶化してた)くらいだった。


「カレカノっぽい事したいわけじゃないし、今も普通に楽しいんだけどね」

「え、じゃあ手つないだりとかも??」

「ないない!」

「へ、へぇ…(それは泉が男あげろって話なんじゃ…)」


そういう展開に憧れはあるようだが現状どうこうしたいわけではないらしい。

あの泉がねぇ、と先輩浜田は思うが、大事に思うが故、手を出せないんだろうなぁと

心中察しては乾いた笑いを浮かべてみる。


「って、ごめんね、いきなり恋バナしちゃって。後輩だから気まずいっしょ」

「いーやー、俺としては応援してるところもあるし。これからもどんと来いって感じ」

「サンキュ、浜田ー」

「いえいえ。なんつーか、ないとは思うけど泣かされることあったらマジで言ってね」

「はは、うん。そうね、その時は相談するわ」


ないとは思うけど、と心の中で念を押す浜田。

いつの間にやらプリント整理が終わっていたが浜田の手元を見ながら言う。


「浜田、ほんと器用ね」

「んー?これくらい、も出来んじゃん」

「やりゃあ出来るだろうけど。かって出るその姿勢がすごい」

「そりゃどーも。みんな頑張ってんだもんなー。俺もこれくらいしないと」

「ふーん…」


正直、マネジの仕事が一つ減ることは大変にありがたい。

しのちゃんも別の作業に出れるし、その手空き分、も練習に出れたり、

おにぎりを大量生産したりドリンク作ったりマネジ業に回れる。

流石元経験者。

気付ける、ってこんなにも助かるんだなと内心は思った。


「っし、終わり」

「お疲れさん。これ担任に出したら残り私も縫うから置いといてよ」

「いいよ、俺、得意だし」

「……今日、バイトは?」

「今日遅出だからへーき。途中まで部活にも顔出そうと思ってるくらい」

「………」


彼女らしからぬ長い沈黙。

浜田は意図が読めずに「?」と疑問符を浮かべるだけだったが

うーんと珍しく悩まし気には「いい、私がする」と押し切った。


「そういうことだから、それ、置いててくれて本当にいいから!」

「別に、いいけど。はーい」

「縫い物サンキュー。超助かった!」

「おう」


そう言って、はひらひらと手を振って職員室へと向かって歩き出した。

物わかりのいいはずの彼女がやけに渋ったな、と思いユニフォームを見る浜田。

そしてはっと気づかされる。


「(自分で縫いたいってそういうわけね)」


置いておいて欲しいといわれたそこには泉のユニフォームと当て布。

自分がしたい。

そう思うのは明らかに幼馴染以上な特別な感情。

泉に言ったらクールぶって顔には出さないものの超喜ぶだろうなぁと

浜田は内心思う。

結局、彼らは相思相愛なのだ。

見せつけてくれるぜ。


「…マジ泉の奴、泣かせんなよ」









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