(泉)
朝顔柄
「……」
「……。あのさ、笑うなり褒めるなりなんか反応してよ」
鉢合わせるなり言葉を失ってしまった泉に引きつった笑いを返す。
なんてったって今日は夏祭り。
中学時代はシニアの練習が朝から夜まで詰まっていたためこんな風に夏祭りに行くのは少なく見積もっても3年ぶりになる。
以前は両親と行っていた夏祭りも、高校生ともなれば友人同士で行く事も出来るようになり、小遣いの範囲内ではあるが買い食いも出来る。まじで最高。
『ばあば、明後日夏祭りいくから』
祖母には、週に一度は顔を出すように言いつけられている。
丁度予定していた週末に別の用事が出来たから顔を出せないことを伝えるつもりが、祖母は「浴衣あったかねえ」と押し入れを探しだす。
『え、いいよ。どうせ似合わないし』
『今まで野球ばっかだったんだからこういう時くらい雰囲気を楽しんできな』
『そんなもんかねえ』
うーん、と乗り気でない声を出しつつも意外と種類は豊富らしく、多種多様な和柄を見ているのは楽しかった。
柄、帯、色。
組み合わせを考えるだけでも楽しいし、何と言っても浴衣は体系を気にせず着れるのはよいところだと思う。
野球ばっかやってるからかお世辞にも女性らしい体系というわけでない私。
結局選んだのは、ばあばの勧めもあって黒色の布地に銀やら赤やらの大柄の朝顔が花開く浴衣だった。
「え、っていうか。浴衣着るって、話してたっけ?」
「んー?孝介には言ってないかも」
「…他に誰に言ってんだよ」
「しのとか?あ、でも田島には聞かれたから話したかな」
「…ふーん」
「なんでそこで機嫌悪くすんのよ」
着つけはばあばがしてくれただけあって着なれないながらも着崩れしにくいようになっていて感謝しかない。
いつもパンツスタイルのにとっては歩き方の制限される浴衣は中々慣れたものではないが、確かに形から入るのも中々ありかもしれない。
こんな時でしか着れないのもあってか、初めは乗り気でなかったくせして悩んでいたことを後悔するくらいだった。
「足、痛いんじゃねーの?」
「意外とまだ平気。でも歩きすぎると痛くなるかもね。ゆっくり楽しむから大丈夫」
「へえ」
「あっ、しのだ。おーい!」
石畳の道を進むと狛犬のところで見知った野球部メンバーを見つけて大きく手を振る。
声に気づいて目で声主を探す篠岡はの姿を視界に入れると、目をぱあっと輝かせて駆け寄ってくれた。
自分だって浴衣のはずなのに、手を繋いでぴょんぴょん跳ねる姿に表情がほころんでしまう。
「しのー、めっちゃ可愛いー似合うー!」
「ちゃんも浴衣美人!えっ、写真撮ろうよー」
「えーはしゃぎすぎ」
「いいじゃん。ちょっと待って」
そう言って携帯のカメラを起動させる篠岡と照れながらも髪を耳にかけて整える。
泉は1、2時間ほど前にあったばかりのクラスメイトに片手をあげる。
「三橋1回帰ったの?」
「い、いや俺、えと」
「俺ん家寄ったんだよな!夕飯喰って今!」
「食ったの?俺悩んだんだよなー」
「でも、焼きそば食べるっ!」
「別腹だよな」
空も薄暗くなってきて、屋台の明かりが淡い光りを灯している。
ぼんやりと浮かび上がる光たちに三橋も田島をはじめとする他の部員たちも釘付け。
そんな中気づかれてないのをいい事にただ一人だけは朝顔柄に見惚れていた。
もう一人と自撮りした写真を見返しキラキラの笑顔で笑っている。
この夕暮れ時の雰囲気もあって、いつもとは違う特別感。
悪くない。
寧ろすごくいい。
こういう時田島のようなドストレートな性格だったら気のきいた言葉の一つ欠けられたのかもしれないとも思う。
列が動く。
人の波に従うように歩みを進めていく。
屋台に吸い込まれていく部員が多い中、泉はこっそりマネジに耳打ちする。
「しのーか、あのさ」
「何?どーしたの?」
「さっきの、送っといて」
「えっ、さっきのって。って、泉君!?」
天秤にかけた。
篠岡に下心がばれるのと、浴衣姿の彼女の写メが手に入るのを。
「(可愛すぎだろ。直視できねー)」
恥は承知だが篠岡が相手なら傷は浅いだろう。
屋台の熱気のせいか顔がぽっと火照るのを感じながら、誤魔化すように焼きそばの屋台の列に並んだ。
+
「しの?」
2つ分のはしまきを貰いお釣りを受け取り振り返ると、先ほどまで隣にいたはずの篠岡の姿はやや離れたところにあり首をかしげる。
篠岡は自分を見つけると悪戯中の子どものようににししと顔を歪めて笑うものだから、
「何その顔。ぶっちゃいく」
「ひどーい」
「…泉と何話してたの?」
「んーんー内緒の話」
「内緒に出来てないんだけど」
肘で小突くと「ごめんごめん」と簡単に謝る篠岡は本当に人当たりがよい。
通行人にはしまきをぶつけないようにだけ気を付けながら通りから少し外れると見慣れた面子が各々好きな屋台飯を手にこの夏まつりのメインの時間まで談笑でつぶしているようだった。
「浴衣似合ってるって話!」
「はあ、何それ」
ため息をついて見るが、その先は語ってくれないようで阿部や栄口と話し始めてしまった。
「(……)」
鈍い方では、ないと思う。
は少しだけ考えると、後々足の指がいたくなることなんてお構いなしに彼のもとへ駆け寄っていった。