(吹雪)微原作沿い・無口ヒロイン














 snowdrop 12














気が付けば足がこちらを向いていたんだ。悩みがあるとき。試合で失敗したとき。


どうにもならなくなったときは決まってここにくる。


大雪原の大木の麓。


暗くなると山親父が出るから、士郎君に知られたら怒られちゃうかもしれないけど。


そんなことお構いなしにはこの場所に立っていた。大粒の雪が降り注ぐ。


けれどこの大木の下なら頭上に積もることはない。は大木に背を持たれかけて


長くて細い吐息を吐いた。白い息がまるで糸のよう。


このまま悩み事も飛んでいけばいいのに。なんて。考えて途方にくれる。




「…」




出て行くとき、たまたま出くわした木野に咄嗟に「お父さんに電話」なんていっちゃった。


確かに連絡を入れておきたいのは本当だったけど。


この場所で一人で考え事をしたいのも本当で。なんだか。


辻褄あわせのために父を使ったようで少し罪悪感が残る。また、ため息。




『ったく。またそんな薄着で外出やがって…』


「…アツヤ、君」




ほう、とお向かいに気配を感じて。深呼吸して集中してみせると


今度ははっきりと彼の姿が見えた。幽霊が見えるなんて。他の人が知ったらびっくりね。


だからこれは誰にも言ってない彼との秘密。だから士郎君も知らないこと。




「ふふ…少ししたら帰るよ。ちょっと考え事したかっただけだから」


『嘘だな』


「え?」


『お前は俺に話しを聞いてほしくてこの人気のない場所で俺を呼び寄せたんだ』




目の前の赤髪の少年は「だろ?」とニヒルな笑みを浮かべた。


そっか。そうだったんだ。自分でもよくわかっていなくて。は少し困ったように


花飾りの付いたピン止めに触れた。赤と水色のお花。小さい頃に二人にもらったもの。




『今日中に決断する気だろ?』


「…」




これ以上。長引かせられない。そんなことは薄々気づいていた。でも、でも。と、


結論を長引かせたがる自分もいる。このイナズマジャパンというぬるま湯の中に


つかり続けていいのだろうか。吉良監督の言葉。今でもまだ引きずり続けている。


話すべきか、話さないべきか。また話さなかったとき、どう対処するか。


話したとき、皆がどう思うのか。どういう目で自分を見るのか。




『いつだって難しく考えすぎなんだよ、お前は』


「…うん。でも…」


『…お前なぁ、人の心配より自分の心配だろ?狙われてるのはお前なんだぜ?


 どういう結果になったとしても、答えを選ぶのは自身なんだからさ』




わからない。頭が考えることをストップしている。煮詰まりすぎている感じだ。


いろんなことが唐突にありすぎて。どれから手を出したらいいのかなんて。




「ずっと考えてるけど、どの道を選んでも…迷惑かけない自信ないよ」




アツヤは口を閉ざして一歩に歩み寄った。少しだけ、悔しそうだった。


そうだよね。彼なら、そう思うよね。「俺が生きていたら、守ってあげられるのに」


口は悪いけど、優しいから。士郎君と同じくらい。君も。


触れることはできないけど、はアツヤのほっぺたに手を伸ばした。


少しだけ頬を寄せたアツヤの表情を直視できなくなって、俯く。




「私、これ以上皆と一緒にいないほうがいいのかな」


『…逃げるのか?』


「でも…!そうしたらアツヤ君との約束も――」




ばさり。




すぐそばで何かが雪の上に落ちる音がした。息が止まってしまうほど静かに


二人は目を合わせた。重なる深緑とこげ茶色の瞳。そらせない。強さ。


もしかして。はどきり、と肩を震わせた。ずっと、そこにいたの?


いつしかアツヤの影はどこにも見当たらなかった。




「ねぇ、僕に隠し事してるでしょ?」




いつもと同じような静かでゆっくりとした口調なのに。耳に振動するそれは


まったく別物な感じがした。この感覚。前にもあった。嗚呼そうだ。


お母さんと一緒の口調なんだ。


言葉がふさがる。唇が話したがる。でも、のどで声が詰まって。引っかかって。


どくん。どくん。心音だけが高鳴って。五月蝿くて。とても窮屈で。




「ずっとずっと、待ってようと思ってた」




苦しそうな声だ。搾り出したような。そんな言葉たち。


お願い。お願い。今だけでいいから。私の言葉。出てきてよ。


喉を握り締める。苦しくなる。何でもいいから。何でもいいから。


手遅れになる前に――




「けど僕はいつまで待てばいいの?」




涙があふれた。









 +









大雪原に取り残されて、ひとりぼっち。


ごめん、八つ当たり。と、彼の呟きが耳を吹き抜けただけで、何にもない。


意気地なし。意気地なし。意気地なし。


雪の上にしゃがみこんで空を見上げた。


頬には涙の痕が残っていたけどは拭わなかった。


指先が冷たい。もっと言えば全身寒い。吹雪が落としたままの


自分のジャージを肩に羽織って、そして、肩を抱きしめた。


しばらくの間、そうしていた。立ち上がるまで。ずっと。


携帯のバイブレーション。着信は父さんからだ。


雪は相変わらず降り続けている。




「…お父さん、私ね…イナズマイレブンに選ばれたよ。…うん士郎君も、一緒だよ。


 うん、ふふ、ありがとう。…心配性だなぁ、大丈夫、私、がんばる…よ」




辺りはやけに静かだ。皮肉なほどの静寂。なきたくなるくらいに。


父親の声に目を細めながら、は唇を薄く開いた。




「ごめんお父さん…急用思い出しちゃった。…また何かあったら連絡するね」




ピ。


返事も聞かずにボタンを押す。


携帯をポケットに押し込んで、は背後に迫る人の影をきっと睨んだ。




「お客様が話があるみたい」




今ここに決断しよう――1人で戦うことを。














inserted by FC2 system