(吹雪)微原作沿い・無口ヒロイン














 snowdrop 15














「――」




嫌な夢を見た。


焦点の合わない瞳であたりを素早く見渡し「ここは現実だ。さっきのは夢なんだ」と


無理やりインプットさせる。頭が熱を帯びている。呼吸が荒い。


全身大汗をかいていて、心臓は自分の耳でも聞こえるくらいに煩く鳴っている。


胸元の自分の衣服をぎゅっと握り、膝を抱え込むようにして落ち着くのを待った。


夢から覚めるまでじっと耐えた。はぁ。はぁ。空気の冷たさが頭を冷やしてくれる。


嫌な夢を見た。


原因は自分だった。昨日。あの時。彼女一人をあの場に置いてきぼりにさせた事。


…後悔。言うべきではないと、ブレーキを踏んでたはずなのに。


まるで細い糸みたいにぷつんと切れて、そして、後の祭り。


僕はいい。でも。彼女はどうなる。目を閉じると思い出す。


まぶたの裏に焼きついた光景。彼女の表情。必死に唇を震わせて。


何か言いたそうで。でも何処かで怯えていて。やるせなくて。


塞いでた。


両手で顔を覆い隠して。


途方にくれたように俯いて。


涙でぬらして。


蓋をしてた。


そうなるって分かってたくせに。確信犯。


追い詰めるって分かってたくせに。確信犯。


待っていればきっと話してくれると分かってたはずなのに。確信犯。


待てなかった。確信犯。


薄く口を開いて沈黙する。


そして細くて長い息を吐き出して天井を見上げた。


数秒停止して、そして意を決したように立ち上がる。


そして迷うことなく部屋を出た。




「…」




まだ頭は寝起きのままだ。歩き出したのはいいもののどこに向かっているのかわからない。


また、会ってどうするのかもわからない。どんな顔をすればいいのか、


そしてどんな風に話しかければいいのか、わからない。


まるで削り取られたみたいに忘れてしまっているみたいだ。でも。でも。


それなのに。


足は止まらない。


ざくざく。ざくざくと雪を踏みしめるたび雪がつぶれる音がする。


昨晩また雪が降ったのかもしれない。雪はまだ新しくて太陽の光を


きらきらと反射している。そんな新雪に吹雪は足跡を残していった。




『あははは…うわっ!』


『やったな円堂…!』




聞き覚えのある声に足が止まる。円堂だ。そして風丸と…染岡。


しっかり時計を見て部屋を出たわけではないけど。かなりの早朝なはずなのに。


皆熱心だなぁ。まるで他人事のようにそう思う。遠巻きで聞こえる楽しげな笑い声。


それはいくつもの懐かしい過去の情景を映し出した。




「…」




小さな頃の僕たち。


三人で、いつも雪まみれになって遊んでた。


えい。あはは。やったな。


雪だまを投げあう子供時代。無邪気な童心。


毎日明日が当たり前に、平等に来るって思ってた。


日が暮れるまで遊んで。たまに帰りが遅くなって、怒られて。


でも三人一緒だから怖くなかった。


明日は何をしよう。スノボをしようか。スキーをしようか。それともサッカーを?


期待に胸を弾ませて毎晩眠った。


なぜか。


重なって映して。


心に風が吹き抜けた。


嗚呼。





淋しい、なんて。









 +








お風呂での出来事がほんの少し気になって。


木野は早朝の陽がたった今昇ったばかりという頃に


彼女が眠っている部屋をのぞいた。そして本人の姿がないことに驚いた。


まだ少し熱を持つ毛布の上には準備のよろしいことに


「髪飾りをどこかに落としたみたいなので探してきます」


というメモ紙まで、まったく。と腰に手を当てため息をつく木野。


そして。


そんなことが起こってから既に時計の針は3時間ほど進んでいた。


現在朝の7時。少しずつチームメイトたちが起き始めてくる頃。


朝食の準備に取り掛かっていたマネージャーたちがいる食堂を


少し遠慮がちに覗き込んだのはだった。物音にすぐに気が付いたのは木野。


3時間あまりをずっと外にいたらしい彼女は頬っぺたが真っ赤になっていて


音無もそれを覗き込んで身震いしていた。


一番に驚いたのは指先だ。




「大変…!」


「…、…」




真っ赤に染まる指先。霜焼け。否。凍傷の手前か。


既に感覚はなくなり焼け付くような痛みを感じているだろうに。


彼女は真剣な表情でボウルと湯沸かし器の準備をする木野に


きょどるような仕草で手をひらつかせて大丈夫という意味をこめて微笑んだ。


ちらつくその手は全然大丈夫そうじゃないのに。


それが、なりの気を使わせたくないという配慮だった。


ボウルを受け取ってぺこりと会釈をするとは自分で


給湯室を使いお湯の準備を始めた。


元気のなかった背中を見届け木野は悟った。


探し物は見つかっていないんだって。














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