(吹雪)微原作沿い・無口ヒロイン














 snowdrop 16














どこに向かうわけでもなくただ足を動かしていた吹雪は


前方に見えた人物相手にぴたり、と足を止めて見せた。


その自分の反応に相手もどうやら気が付いたようで


軽く自分の名前を呼んで「早いんだね」とくすくす微笑んだ。


木野秋だ。




ちゃんならここにはもういないよ…?」


「…え、もうって…?」




聞いたつもりはなかったはずなのに、から何か聞いているのだろうか。


自分には話せていないことを…彼女に?


でも確かに同性である彼女になら話しやすい内容だってあるのかもしれない。


それに彼女はどこか温かい印象を受ける。


が話し出すまで待っていてくれるような印象を。


“僕はいつまで待てばいいの”


自分の言葉が脳裏に流れて一瞬ヒヤッとした。




「さっきまでここにいたんだけど、またどこかに行ったんじゃないかな?」


「…へ、へぇ、そうなんだ」


「?…もしかして何も聞いてないの?」




笑って誤魔化したつもりだったけど表情か、それとも雰囲気か…


何となく誤魔化しきれないことを悟って、それでも濁すように


「最近話してなくって」と苦笑して見せた。どこまで聞いているのかわからないが、


木野は特に深く追求するわけではなくそっかと相槌を打った。


そしてその次の彼女の言葉…




「どこかに大切な髪飾りを落としたんだって。


 昨日の夜走りこみに行ったみたいだからその時じゃないかな。


 もう!…ちゃんったら、帰ってくるなり髪はぼさぼさだし擦り傷つくってるし…


 所々泥なんか付いてたし…一体どんなランニングしたらあんな風になるんだろ…」




という呟きにも近いその言葉を、一文字たりとも聞き逃さなかった。


髪飾り?走りこみ?一人で?あの時間に?


――あの後に?


それに、元々そんなに体力があるほうではないとはいえ


「泥」や「擦り傷」を作るほど走ったいう疑問。たとえ薄暗い真夜中であったとはいえ、


大雪原から校舎までは太い道があり、月明かりを辿れば余裕で肉眼で捉えられるはず。


それにその道は昼間、もしくは朝。何度も何度も通っている道だ。


どんなに抜けている彼女でもそんなに擦り傷や泥をつけるような


走り方をするだろうか。そんな道を通るだろうか。それに夜には


山親父だって出る可能性がある。襲われたか?否。それはない。


意識は朦朧としていたものの、あの時確かに獣の声は聞いていない。


じゃあどうして…。自分の言葉の、せいなのだろうか。


そう考えて、胸がかっと熱くなった。マフラーをぎゅっと握り締める。


こんなとき、いつもならもう片方の手に感じるはず温もりがなくて、急に心細くなる。




「あの髪飾り、もしかして吹雪君からのプレゼント?」


「!…え、あぁうん。小さかったときにね…」


「ふふ…だろうと思った。すっごく大事にしてるみたいだから!」


「…。だいぶ打ち解けたんだ?」


「そりゃあ一緒にお風呂入った仲だから!」




木野はそういってカッと頬を赤らめてあわわと顔の前で手を振った。


まるで自慢げに言った彼女だったが相手が異性だったということに気が付いて


一気に動揺したのだった。けれども本人そんなことは気にしていない様子。


ふんわりと今まで木野が見た中で一番やわらかい笑顔で微笑んだ。


その表情に、木野は薄く口を開く。




「ふふ…なんだか僕まで嬉しくなるな。これからも仲良くしてあげてね」




これが。


彼女にいつも見せる表情なのかもしれない。彼女に見せる。素の自分。


そして、彼女の持つ小さな小さな力によって動かされている彼の心。


想い。


そして言うなれば絆、というやつだ。と木野は思った。




「そっか…が誰かとお風呂に入るなんて…」


「え?」


「ううん、何でもないよ。よっぽど打ち解けたんだなって思って、さ」


「ふふ…」




そういった彼は少し羨ましそうに頬を染めていた。何か、彼の中で吹っ切れたような


何か決心が付いたとったような表情だった。力になれてよかった、と木野は思う。




「ちょっといいかしら」




そんな時、二人に声をかけたのは吉良監督だった。


携帯を片手に少しあわてたような雰囲気だった。慌しさを覚える


彼女に疑問に思いつつ、吹雪が咄嗟にどうしましたか?と問いたずねた。




「吹雪君。さんが今どこにいるか知らないかしら」


「…?さぁ、ずっと一緒にいるというわけではないので…」


「あ、瞳子監督!ちゃんならさっきまた出かけたみたいですけど…」


「出かけたって…っ(あの子、自分に置かれた状況をわかっているのかしら…)」


「?に何かあったんですか!?」


「!何も聞いてないの…?」




話しておくように言っておいたのに、というつぶやき声。


吉良監督の反応から緊急事態ということを読み取り吹雪は食らい付いた。


彼女の親指の爪をかむ仕草がことの重大さを物語っている。


“どこかに大切な髪飾りを落としたんだって”


“昨日の夜走りこみに行ったみたいだからその時じゃないかな”


”擦り傷”


“泥”


“一体どんなランニングしたらあんな風になるんだろ…”


連想するのは最悪の事態。何かの事件に巻き込まれていたのではないか。


そしてそれを心配かけまいと相談できずにいた。


もしくは相談するチャンスを自分が潰した。


頭の奥がつーんとするような感覚が支配する。


吹雪は半ば睨むように監督の次の言葉を待った。


奥では木野も胸の前で手を合わせて不安げでいる。


吉良監督は唇を少しかんで数秒思慮した後、一気に言い放った。




「今すぐ彼女を探して!彼女は――はエイリア学園に狙われています」














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