(吹雪)微原作沿い・無口ヒロイン














 snowdrop 18














あいされたい。アイサレタイ。愛されたい。


幾度となく繰り返す。まるで呪文みたいね。


何度も何度も繰り返して。暗示して。目をつぶり続けた。なんて自己満足。狂ってるわ。


けれども結局はないものねだりで。


ただ「愛されたい」って何度も繰り返しては。愛されるのをずっと待つ。


こんなの三歳児の子供だってできる。


弱い私。泣いてばかりの私。いつの間にか、逃げるのが上手になった。




「…」




ちかちかと私を誘惑するのは深みのある紫色の石。視線だけではなく、


心までも吸い込まれそうになる。弱みを、さらけ出して、救われる気がする。予感。


ボロボロに傷つけられた心の溝を埋めてくれるような。予感。


それを手にしたとき。きっと。楽になれる。予感。救われる。予感。報われる。予感。


同時にそれは。


警告していた。


アトモドリナンテデキナイヨ。


手にしたら最後、全てを手放すことになる、と。警告する、少しの理性。


一度は踏みとどまる。


けど、また振り返ってしまう弱い心。




「貴方は救われなければいけない」




エイリア学園の使徒はそういいきるなり半ば強引にその歪んだ光を放つ石を


ぐいっとの目の前に差し出した。光が強さを増す。


光が増すにつれて理性がどんどん削られていくような錯覚。


今の自分にはまぶしすぎて、思わず目をつぶった。


そうすることで、逃げられるなんて、きっと誰かが救ってくれるなんて。


期待してる。


でも。


光が増す。ああ。もうだめだ。染色していく言葉が自分のものだから震える。


自分が、怖いって、身震いする。




この光があれば、私は救われる。


この石があれば、私は許される。


この力があれば、私は愛される。




脳裏をぐるぐると回る呪文。洗脳していく。犯していく。


だんだん思考が鈍っていく。自制が効かなくなる。だって。


努力したんだから。頑張ったんだから。尽くしたんだから。だから。


許されるのでは?




「さぁ!」




痺れを切らしてような声。しかしあくまで自分でとらせるように仕向けた。


おそらく非難を受けたとき「自分で望んだことだ」といえるように。


自分自身の意思で、あくまで操作されたものではなく、自主的に、染まれ、と。




「…」




おぼろげになっていく、意識。導かれるように。手を伸ばした。そして――









 +









『今すぐ彼女を探して!彼女は――深澤はエイリア学園に狙われています』




吉良監督の言葉に吹雪は次の指示を聞く前に走り出していた。


基本的にあまり熱くならない性格の彼だが、今回は違った。何もないといい。


ただそれだけが彼を動かしていた。先日の事があり後ろめいた気持ちを抱えていた


朝とはまるで別人のようだ。頭の中はただ「無事でいて」という言葉が


ぐるぐると駆け巡り、頭の端ではきっとあそこにいるはずだ、と


場所を絞っていた。




“ …私、これ以上皆と一緒にいないほうがいいのかな… ”




あの日。確かに彼女はそういっていた。独り言のように、ぽつりと。


否、違う。彼女はあの晩誰かと話していたんだ。彼女が“アツヤ”と呼んだ人物を相手に。


だが、アツヤはもういない。それは誰よりも自分が一番わかっている。だって。


一番近いところで見ていたんだから。一部始終を、意識が途切れるあの一瞬まで。


だから、わかる。彼はもうこの世にはいない。いない…はずなのに、


でも、彼女は確かに「アツヤ」と呼んだ。昔のように「アツヤ君」と。


…アツヤと?




僕は知っていた。アツヤが、に好意を持っていたってことくらい。


それがLikeじゃなくてLoveだったってことくらい。


幼い童心の胸を響かせるもの。震わせるもの。


だって、双子だもの。誰よりも近くにいるんだから、気づかないはずがないよ。


僕たちは瓜二つで。でも、違う個体でしかなくて。


でも、誰よりも一番近いところにいた、僕だから。知ってたんだ。


だけど、黙ってた。だって、僕も、のこと、好き…だから。


同じだったんだろうって思う。だけど、アツヤが好きだから好きになったとか、


いつから好きになったとか、きっかけはもう覚えていないほどいつの間にか。


気づいたら目で追っていて。


どんなに小さい言葉でもこぼさず聴きたくて、嬉しくて。


大人しい雰囲気だったけど、すごく負けず嫌いで、頑張り屋さんで。


人の見てないところで何度も何度もリフティングや


ドリブルの練習をしている姿を見ていた。そんな頑張ってる姿に、見ほれてた。


胸が熱くなって。どうしようもなくって。だけど。


嬉しいとか楽しいなんて名前の感情じゃなくて。


わからないことが、不安だった。いつかわかる日が来るのだろうかと途方に暮れた。


そして。


その感情が恋だって気づいたとき、急に寂しくなった。


アツヤは僕よりも早くを見つけた。


声をかけて、冗談を言って笑わせて、笑顔にさせた。


どこか。心の端っこで、それを枠の外から見てしまう自分がいて寂しかった。


アツヤなら彼女を笑顔にさせられる、なんて。一線引いてしまう自分がいて。


そんな自分が嫌だったのに。




“今のことは俺との秘密だ!絶対に兄ちゃんに言うんじゃないぞ!”




寝静まった後の静かな夜。


真っ暗な部屋で二人はなにやら秘密のお話をしているようだった。


それが何事もないただの日常会話であれば


「僕も混ぜて」とか「もう寝なきゃ」なんていって入っていくのに。




“いいか。絶対に士朗の奴には内緒だからな。いいか?言ったらゼッコーだぞ?”




どうやら今回はそうはできないようだった。


話しているのは自分のこと。


それも、秘密のお話。


入ろうにも入れなくて。廊下で一人しゃがみこんだ。


話は聞こえない。ぼそぼそと聞こえるのに内容は聞き取れない。


だって。




――耳をふさいだ手が邪魔をしてたから。




「…っ」




混乱する思考。出口のない迷路みたいにぐるぐると回ってて。


会えば。彼女に会えば、直接、ちゃんと、聞くことができれば。


ちゃんと、聞こう。


今度は。


間違わないように。


ちゃんと――仲直りしなくては。














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