(吹雪)微原作沿い・無口ヒロイン














 snowdrop 20














幸せな夢を見た。


とてもとても温かい夢。


つながった右手側を見上げると優しいお母さんの笑顔。


そして左手側を見上げるとにお父さんがわしゃわしゃと頭をなでた。


目を細めて私は笑う。


この世の不幸せなんて知らないような笑顔で。


生粋な、笑い方だった。


家族がいる。


より所がある。


春の木漏れ日の中にいるように温かい夢だ。




!”


ちゃん!”




大好きな声が聞こえて。


私は一目散に声の元へと走り抜けた。


二人の男の子、士郎君とアツヤ君のもとへ。


ふわりと微笑む士郎君。


そして対照的にニヒルに笑うアツヤ君。


まるで迎え入れてくれるように二人は手を差し伸べた。


に。おいで、とでも言ってるかのように。


目を細める


嬉しさがこみ上げてきて、ついつい泣きそうになる。




す…




ぼろぼろと。


それはあまりにも唐突に消えていった。


まるで完成したパズルの破片がはがれていくかのように。


たくさん作り上げたシャボン玉はパチパチと消えていくかのように。


アツヤ君がゆっくりと身を引いた。


半透明な彼。


少し笑っていた。


笑って、消えかかった手のひらで兄の背を押した。





きっと。振り返れば母の姿もないだろう。


なんとなく。そんな気がした。


だから振り返らない。


前だけを。彼だけを、見る。


士郎君は絶えず手を差し伸べて待っていてくれる。


それがすごくうれしくて。なんだか安心してしまって。


たまっていた涙がとうとう零れ落ちた。


ゆっくりと通り過ぎる風景。風。


頬をなでて後ろに流れていく。


走る走る。


スローモーション。




「――」




士郎君が何かつぶやいた。


聞こえなくて。聞きたくて。ひとつでも多くあなたの声を聞きたくて――









 +









ばっと起き上がった。


あたりは小鳥のさえずりだけが聞こえるような静けさで、


今まで起こったことを思い出すまでに相当な時間を要した。


まだ胸はどくどくいっている。何か幸せな夢を見た気がするのに


一気に起き上がったせいか忘れてしまい、


ぼんやりとした意識のまましばらくベッドの上に座っていた。


両手を胸に当てて目を閉じると静かに息を吐き出した。


どくどく、どくどく。


少しだけ落ち着いた気がした。




…こん こんこん




窓をたたく音が聞こえての意識はそちらへと流れる。


窓越しに見えるのは彼の姿。彼……吹雪、士郎。


胸が一瞬高鳴った。耳元で鳴ってるかのように五月蝿くなった。


は裸足のまま冷たいフローリングに足を下ろし、


窓を開けて彼と対面する。ぶわっと冷気が室内にもぐりこみ


思わず身震いしてしまうものの


彼のほっぺが真っ赤になっていたのに気がついてはっとなる。


すっと、彼の白い髪とほっぺの合間に手を差し込むと


彼は目をぎゅっと細めてかみ締めるように「温かい」とこぼした。


その言葉が、表情が、ぬくもりが、時間が、空気が、安心できた。




「 ちょっと、来て欲しいんだ 」




吹雪はそういった。


背後にちらつく雪はひどく穏やかだった。


まるで二人を見守るように朝日は雪をきらきらして見せている。




「 ここで待ってるから、着替えておいで。一緒に行こう 」




断る理由なんてどこにもなかった。


は返事の意味もこめてパタパタと部屋の中を走り出した。


綺麗に畳まれた(きっと秋が畳んでくれたのでだろう)ジャージを


ぱんと伸ばして袖、足を通し上から裏起毛がもこもこのパーカーをはおう。


うれしくて、うれしくて。


でもその反面。


ちょっぴり不安だったりして。


そうしながらも表情はほころんでいた。


私って単純だな、なんて、思いながら。


廊下を走り抜けて、ぱたぱた。玄関を潜り抜けて、ぱたぱた。


壁にもたれかかり、ほうと白い息を吐きながら


自分のことを待っててくれている彼の元まで駆け寄る。


すぐに彼は気がついて。自分の事を見て穏やかに微笑む。




「 早かったね。じゃ、いこっか 」




何気なく差し出された左手。握り返す右手。


ちょっぴり冷えた二つの手のひらは有無を言う猶予もないまま


静かに彼のポケットへと納まった。ちょっぴりほっぺたが火照るのを感じた。




こうやって、二人で並んで歩くのは久しぶりな気がする。


実際はたかが1週間やそこらのはずなのに……。


この数日間がひどく色んなことがあって、濃くて、忘れられない日々になるだろう。


だから何か、新鮮だ。


妙に気恥ずかしい。


二人を取り囲む音はざくざくという雪を踏みしめる音と、小鳥たちのさえずり。


静かなのに、でも、心地よい。


手をつないで、ちゃんと繋がっている。


自然と心は弾んだ。


この距離がとても安心できた。




「……ここ…」


「そう、北ヶ峰」




あの、場所。ここに連れてきたのは何か意味があってのことだろう。


はすこしだけ目を伏せて静かに息を吐ききった。




、目、閉じて」




断る理由なんてどこにもなかった。














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