(吹雪)微原作沿い・無口ヒロイン ※ネタバレが入ります














 snowdrop 8














古株という名前のおじさんに鍵を借りて二人はキャラバンに乗り込んだ。


話すなら誰も聞かれない場所がいい。きっと吉良監督の計らいだろう。


内側から施錠する。二人だけの密室になったところでお互い表情を緩めた。


きっと少しの時間だけ。再びドアを開くときは一人の選手と監督に戻る。


だからこの時間だけは、堪能したい。――懐かしき人物に会えたこと。




「瞳子…お姉ちゃん…」


「…数年会わないうちに見違えたわ。初めは気づかなかったもの」




にこり、とが微笑む。私も、という意味合いをこめて相槌をうった。


本当に懐かしい、と目を細めてはにかむ。あの頃は。数年前のあの頃は、


おんなじ風に笑えていなかったことだろう。その時の自分を知っている相手に


こんな形で再会するなんて夢にまで思わなかったな。


気恥ずかしいような、くすぐったいような。こんな状況でなければもっと再会を楽しんだのに。




「あの頃より話せるようになったのね。それに見ているとすごく笑っているわ。


 きっとこの環境と……彼が、影響しているのね」




吉良監督はあの頃のの雰囲気を思い出して、ギャップに驚いた。


病気持ちの母親から解放され「おひさま園」で生活していたことがあった


父親がを受け入れる環境を作り上げる数ヶ月間。短い期間ではあったが


母親からの歪んだ愛情に潰れてしまった彼女が再び笑えるまでに


成長した場所。一緒に生活していた友達がいい影響を与えてくれたのだと


自身もそう思っている。皆の事今でも覚えてる。それくらい濃い時間だった。




「…。話すべきか迷ったけれど、聞いてほしいことがあるの」


「…?(こく)」


「初めにこの土地で吹雪士郎と深澤という有力な選手がいると聞いたとき、


 まさか、と思ったわ。でもおひさま園を去ったあの日あなたが北海道に立った


 ということを皆から聞いていたことを思い出して納得したの。


 あの時の貴方のプレースタイル、会って間もないというのに癖を見抜く観察力。


 今でもよく覚えているわ。力不足な所はあったけど、器用なプレーヤーだって」




少しの思慮。沈黙。はなんとなく予想ができて静かにそれを聴いていた。




「貴方を…イナズマキャラバンに入れるつもりはなかった」


「…」


「誤解をさせてしまったならごめんなさい。実力が足りないとかそういうことではなくて…」


「――エイリア学園がおひさま園の子供たちで作られている、から…」


「…!」




知っていたのね、と吉良監督は片方のひじを握り締めた。少しだけ視線をうつむかせて


罰が悪そうに表情をゆがめる。つまりは、そういうことなのだ。


外れていてほしい。という気持ちを含ませながら言ったは、


それが否定されなかった事に目を伏せて口を固く結んだ。


嗚呼。


テレビでの中継を見ていないわけではない。今テレビをつけて放送しているといえば


エイリア学園についてばかりだ。学校への破壊活動。状況。彼らの影。


それに先ほど見た音無から見せてもらったデータにもそれは映っていた。


レーゼ。――と呼ばれる人物。かなり雰囲気も容姿も変わっているようだけど、


の観察力はごまかされない。




「(リュージ君…)」




緑川リュージ。おひさま園にいた頃円堂君と同じようにニカッと笑う少年。


よく話しかけてくれていた。明るくて軽い雰囲気で、腕をひっぱてサッカーに誘ってくれた。




「彼らはあの頃の貴方のスタイルや弱点を知っている。


 彼らは躊躇いなくそこをついてくるでしょう」


「…」


「けれどこの数年の間に貴方は自分の課題である力不足を改善しているところが窺えた。


 足りない部分は吹雪君が補ってくれているのもわかったわ。


 でも、彼らも同じように成長している。さっきの試合は貴方がハンデをもってしても


 彼らと渡り合えるか――そして、貴方が彼らを目の前にした時、


 情を移してしまわないほどメンタル面で強くなっているか……見定めるためでもあったの」




見ている、ということには気がついていた。けれどもそこまで見ていたなんて。


胸の前に手のひらを重ねてみる。どきどき。どきどき。心音は素直だ。


今から起こるであろう事を想像するだけでこんなにも煩い。


きっと、目の当たりにしたらもっと、だろう。でも。躊躇いを見せたらつけ込まれる。


それでも私の声や…プレーを通して、破壊活動を繰り返す彼らに


気持ちを届けられるかもしれない。届け…られるだろうか。




「…」




唇に触れて沈黙を深める。言葉って苦手だ。情報伝達手段の一つだって、


頭ではわかってるのに。どうも不得意だ。怖い。


自分の中で「言葉」は不必要で、真っ先に排除したいわばゴミ。


破棄していた時間があまりにも長すぎて、使い方を忘れてしまうほど。


だから――怖くなった。正解も不正解もないものだから余計に。


一種のトラウマという奴だ。相手を不愉快にさせないだろうか、気を使わせないだろうか。


そんな引っ込み思案がさらに言葉をふさいでしまう。無意識に黙り込んでしまうのだ。




「…。貴方にも考える時間が必要のようね。考えておいて頂戴」


「…(こく)」


「それと最後にひとつ――」




吉良監督の言葉には大きく目を見開いた。














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