「はじめまして」の日
「ほら…。挨拶しないか」
そういってゴーリは先ほどから自身を盾にするように隠れる、を引っぺがす。
そして、と近い年齢の少年の目の前に差し出した。
「…えっと」
「…っ」
きょどきょどというに風に視線を四方八方に散らすに、
少年とゴーリは顔を見合わせて思わず苦笑い…。
これがと少年…チェスターとの出会いであった。
+
チェスターがゴーリの店で働き始めて三日。
段々となれてきた仕事ぶりに比例して、
がチェスターに近寄ったりはなしかけたりということが少なくなった。
かといってこちらから話しかければ…怯えるか、逃げるかのどちらかで、
話が成立したためしがない。
「なぁ、ゴーリの親父…?」
「なんだ」
「俺、嫌われてんのかな?」
「…。人見知りしてるだけだろ、気にするな」
じゃあ最初の沈黙は何なのだと、内心思ったが決して口には出さない。
はぁ…という大きなため息と一緒に机に突っ伏した。
そんなチェスターを横目にゴーリが淡々と述べる。
「休憩が終わったら奥の部屋の掃除を任せるぞ」
「へいへい」
それが終わったら帰ってもいいと、付け加えてゴーリは店を出て行った。
大方大親友のミゲールの家にでも言ったのだろうとチェスターは予想して、
カップの残りのコーヒーを一気に飲み干した。
「さて…」
いくか、とチェスターは腰を持ち上げた。
+
「(親父の奴…)」
その光景を目に焼き付けて、チェスターは眉をひそめる。
ゴーリが“奥の部屋”と呼ぶその場所はほぼ、物置に近い。
数ヶ月に一回こうやって掃除をやっているのだが、
そこまでする必要があるのかどうか疑うほどその場所は散らかりほうけていた。
だが、チェスターを悩ませる原因はそれではなかった。
「えっと…」
「…っ」
以前、何度も経験したこのやり取り。
そう、奥のへ屋に痛もう一人の存在。
…。
怯えるか、逃げるか…
今回はチェスターが入り口を塞いでいるせいで前者の方だった。
長く伸びる沈黙のあいだじゅうずっと、はチェスターと視線を合わせようとしない。
痺れを切らしたチェスターがにゆっくりと近寄る。
「あの…さ」
「…」
うらむぜ…親父。
ついには箒を握り締めたまま俯いてしまった彼女にそっと話しかけながら内心ぼやく。
「俺…怖いか?口調か?キツイよな、口調…。できるだけ気をつけるようにするけど…」
「…?」
ほんの少しだけの視線が上にあがった。
きょとんとしている。
「俺の事、嫌いか?」
直球で尋ねた。
チェスターの問いに彼女はぶんぶんと首を横にふった。
…違うようだ。
「き、嫌いじゃ…ないです…」
初めて聞いた彼女の声は思った以上にかわいらしいものだった。
それでいてこんな物置でも良く通る声だ。
彼女は呟くようにぼそぼそと言葉を紡ぐ。
どこか一方的なものではあったが、初めて会話が成立してチェスターはへへ…と笑った。
「ぁの…私、お話し、するの苦手だから…」
「…うん」
「き、嫌われちゃ、嫌だって…」
「…そういうことか」
ならば、はじめから話しかけまいと…
つまりはそういうことなのだ。
そっか、と紡いでから、チェスターは良かったーと吐き出すように言った。
その声色は明るい。
「てっきり、嫌われてるのかと思ったぜ」
「―ご、ごめ…っ!」
「あー違う違う、怒ってないって。…それよか、仲良くなりたいって思ってたんだ。俺」
両手を頭の後ろにやって、子供っぽく笑う。
そのとき初めてが自分から目を合わせてきた。
驚いた、といわんばかりに見上げる彼女の瞳は綺麗な翠色。
まだ少し緊張が抜けてないのか、箒を胸の前で握り締めるしぐさもしおらしさがあってひきつけられた。
ストレートに伝えたのが良かったのか、は薄くはにかんでみせた。
「私…も、仲良くなれたらいいな、って…おもってました」
「じゃあ、決まりだな」
「…?」
「今から散歩しようぜ…。勿論良かったらだけど」
「い、いく!」
はきらりと目を輝かせると、チェスターが差し出した手のひらを握った。
「(可愛いな…)」
この感情が、いつか恋へと変わるのは数年後のお話…
+
「…二人には確か、掃除を頼んでおいたはずだが…?」
「「…(ビクッ)」」
散歩から帰ってきた二人は黒い笑みを漂わせるゴーリに小一時間絞られたとさ。
めでたし、めでたし…