「あしでまとい」の続き・メチャクチャ甘め















 アシデマトイ















光の消えた夜の寝室。


二つのベッドが横並びにされていて


合間には人一人が歩けるスペースがある。


手を懸命に伸ばせば彼女の眠るベッドまで楽に届くし、


その気になれば彼女に触れることもできるだろう。


小鳥の代わりに梟が鳴く。


口の中に含ませたような低い啼き声。


あたりはしんと静まり返っていた。


それくらい静かな夜だった。




「…んなに、見張ってなくてもいかねーよ」




少しとげを含ませた声に彼女は反応する。


照明を消したそのときくらいから途切れることのない視線に


俺が気づかないとでも思ったのだろうか。


もぞもぞと隣のベッドの中で身じろいで彼女はだんまりする。




「うぅ、だって……」




信じていないわけじゃないなんてわかりきったことだ。


人をあまり疑わないいい性格をしているため


ちょくちょく騙されたりもするが、それが彼女のいいところでもある。




「信じてねーのか?」




そういってしまえば彼女が再び口を閉ざしてしまうこともわかっていた。


実際に彼女は沈黙してしまった。


暗闇のせいで表情まではわからないが、


きっとしょんぼりと眉をひそめているのだろう。


容易にそれが想像できて俺は思わず噴出しそうになったのをこらえる。


なんとなく、からかってみたくなった。




「どうしても心配なんだったら――」


「…?」


「こっちにくるか?」




そういって皮肉めいたいつもの笑みを浮かべながら


シーツの裾をめくってみせる。


隣のベッドが軋んだが、それ以上たいした反応は見せなかった。


嫌なのか、ためらっているのか……


おそらく後者だとチェスターは踏んだ。


おっさんや馬鹿女にあれだけのことを吹き込まれてりゃあ


警戒するのは無理もない。


けれど、俺に引く気もない。




「別にいいんだぜ?俺は。……誰かさんが寝た後にこっそり抜けて、


 起きる前になって帰ってきたらいいんだからな。


 お前も疲れて本当は眠いんだろ?


 無理しねぇでねりゃあいいじゃねーか」




どちらでもよかった。


来ても、来なくても。


もとより今夜、修行に出かける気は毛頭なかった。


彼女と先ほど口約束をしたということもあるし、


何より次の朝に悲しそうにする表情がちらちらと見え隠れしているから。


煮詰まりかえっていた今の自分に、彼女は丁度いい水を注いでくれた。


だから今夜だけは大人しく眠ってすごそうと考えていた。


馬鹿正直な心臓がバクバクとなっている。


柄にもなく今の俺は緊張していて異様にのどの渇きを覚えた。


脳裏でちらつく光景を懸命に押さえ込む。




「………お邪魔、します」


「お、おう…」




少し声に緊張が乗ってしまった。


まさかと思っていたことが現実になった。


が俺のベッドにおずおずと滑り込む。


彼女も少し動揺していた。


証拠に俺と目を合わせては来ない。


…湯気立つ鍋に蓋をなんかして、俺はいったい何がしたいんだ。




「こうやって一緒に寝るのって久しぶり、だね?」


「そういやそうか?」


「うん……。へへ、なんか緊張しちゃうな」




薄く笑う彼女。


今の言葉が本心を隠す嘘なのか、それとも真実なのか、


俺にはわからなかった。


けれども、ふわりと、あわてていた自分に自嘲をしてしまった。


目の前に見える彼女はひどく無防備であどけない。


それを見ていたらなんとなく


今までちらついていた想像が吹き飛んでいたのだ。




「……手、まだ痛い?…かな?」


「なんともねーよ。こんなもん…」


「そ、そっか。よかった…」




小声で話す。


けれどこの距離で聞き取れない声はない。


彼女が少し身じろぐとふわふわの髪がさらり、とベッドに流れた。


それをそっと耳にかけてやると彼女はぴくりと反応した。


目を細めてはにかんだ。




「あ、あの…チェスターのお兄ちゃん?」


「なんだよ」


「もうちょっと、そっち行ってもいい?」


「……、…」




俺は悟られないように眉をひそめた。


ああ。


それだけ何とか返すと彼女は小さく笑みを零して擦り寄った。


彼女の頭がすっぽりと腕の中に納まる。


あったかい、なんて、彼女は零した。


そんな彼女に俺は軽く項垂れるようにため息を吐いた。


緩く抱きしめてやる。




「はあ……お前ってホント」


「…え??」




可愛い。


ふと浮かんだ言葉だったが、言ってしまえば


自分の心臓が持たないことを悟って暗黙にしておいた。


男って面倒くせぇぜ。


そんなことを考えながらふとよぎったクラースに毒づく。




「みんなには内緒な。特におっさんとバカ女には」


「…う、うん」


「ん」




大人しくうなずいた彼女にこっそり額にキスを送った。














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