満月の日















時折突拍子もなく感情が高ぶるときがあった。


ある日は水の上に浮いているような身の軽さを覚え、


ある日は金属を擦った時のような悪寒が体中を駆け巡った。


情緒不安定に陥る瞬間。


それが決まって満月の日だと気がついて


最近は大分期が楽になった気がする。


知っているのと知らないのとでは心理的にも大きな違いが生じるのだ。




「とっても静か…」




闇夜に浮かぶ満月をベッドから見上げてが呟く。


眠たくて仕方がなかったはずなのに今ではぱちりと目が覚めてしまっていた。


開けた窓から冷たい風が流れ込んでブラウンの髪を揺らした。


しばらく胸の中の穏やかすぎるほどの感情に戸惑いながら、


は冷たいフローリングの床に素足を落とした。









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大小二つの月、シルヴァラントとテセアラが少女を温かく見守っていた。


双方の月も互いに満月であり、それはクォーターである


少女にも小さな変化をもたらした。


深く沈むような翠色のひとみが今夜ばかりはエルフ族を表す紅色に変色していた。


身体的な変化と言えばそれくらいだったが少女の心には


もっと複雑でもっと大きななにかがあるのだろう。




少女は一人、丘の上にいた。


一本木のそばに腰を下ろして月を見上げていた。


胸の中で渦をまく感情を素直に受け止めながら、ただ、月を見ている。


ザクザクと草を踏みしめる音が聞こえても、それは続いた。


振り返る事もせずに、少女は




「チェスターのお兄ちゃん」




と小さく呟いた。


少女の視線は相変わらずつき一点を見ている。


言い換えればそのほかのものは目には映ってはいないだろう。


それなのに、少女には手に取るように分かるのか簡単に言いのけたのだ。




「よく、わかったな」


「…。今気持ちがすっごく穏やかなの。まるで揺らぎのない透明な水面みたい…


 風が吹いたり、雫が落ちて波紋が広がるみたいに、周りの事は入ってくるの」


「へぇ」




抽象的な返答。


けれどもそれが少女の心境に最も近いたとえ。


このなんとも言えないほどに穏やかで、不穏な気持ち。


満月が、少女の中のエルフの血を騒がせるらしい。


チェスターは少女の隣に膝を抱えるように座って樹に背を預けた。


風が吹いて木の葉が揺れる。




「怖くない?」


「…?何が」


「私のこと…ねぇ、怖くない?」




少しだけ、目を伏せた。


隣を覗けばいやでも目に入る真紅の瞳。


闇夜に浮かび上がるつきのように鮮明に彩っている。


チェスターは頭をかきながら武器ら棒に返した。




「別にお前が変わるわけじゃねぇだろ。…よくわかんねーけど」




そう。


静かに少女は呟いた。


それから目を閉じて風の音を聞く。


彼の吐息が混ざって聞こえた。




「私はね、少し怖いよ。――でも」


「?」




区切りをおいて言う。


口元に久しぶりに笑みが宿った。




「もう大丈夫だね」














(ただ、否定されるのが怖いだけだから)(あなたはきっと…) inserted by FC2 system