破錠 前















――待ってておくれと、約束したじゃないか。




優しい父さんの仮面がはがれて影が包む。


まるで汚いものを見下すような瞳を向けては


は悪い子だね、と諭す。




(こんなの…私の知ってる父さんじゃ……)




首を振っていやいやをしてみても


目の前の景色が変わることはなかった。


波が引き寄せるように影が近づいてきて


ゆっくりと足元をぬらしていく。


怖くなって蹴飛ばして、声を上げて、助けを求めてみるのに


全てが無駄な努力に終わった。


背後にふと気配を感じて思わず叫び声をあげた。


ヒステリックな自分の声が闇の中に反響する。


木魂しては失せるだけ。


振り返ったそこにいた人物に「もうやめて、」と


小さな小さな声で呟いた。




――わしを置いていくのか、このわしを…




父親だけではなくゴーリまでも影に表情を眩ませて


そして静かに静かに言う。


追い立てられる


怖くなって全力で走り出した。




全身が鉛のように重く、涙で歪んだ視界がぼけて仕方がない。


早くこの場所から抜け出したい。


全てが夢ならいいのに。


全部嘘になっちゃえばいいのに。


どうして、


どうして私ばっかり…っ


助けて、お願い


誰か、誰か、誰か、


あぁぁああ、ぁぁあ、ぁぁああ…




(いやだよ…もう、こんな……)




時期に息が上がり疲労で膝が沈んだ。


地面に倒れこんでしまい、無気力になって身体を丸めた。


聞き馴染んだ声が増えていく。


父さん、ゴーリに続いては、アミィ、ミゲール、マリア…


そしてクレス、ミント、チェスターまで加わりさらに追い立てる。




――暗いよ…寂しいよ、


――何故僕たちまで…


――謝ったってお母さんは戻ってなどきません…


――お前の剣は人を傷つける為にあるのか?


――キミは僕たちを見限ったんだね。


――俺達はずっと信じてたのに…な




――俺は…っ!!




見捨てたりなんかしなかったのに…な。




旋律。


共鳴。


不協和音。









 +









の眠っている部屋の方向から


大きな音が聞こえて、クレス、ミント、チェスターの三人は


何事かと、深夜遅くに駆け込んだ。


その部屋の中で三人が目にしたのは


数冊の本が様々な状態でばら撒かれ、


壁に掛かっていた絵は落ち、花瓶は割れて、


ぐじゃぐじゃに乱れたベッドの上で


頭を抱えるようにして膝を抱えるの姿だった。


嵐の去った後のようなその光景にミントは思わず


口を手で押さえて驚きを隠せないでいた。


クレスは親友へと視線を向けたが、チェスターは返さずに


震えるの傍へと歩み寄った。


ちらりとみえた表情は深刻そうだ。




…どうした?怖い夢でも見たのか?」




いつもより丁寧にたずねる。


まるで妹に言うように優しく、穏やかに。


それでも全くの返事も態度の変化もなかったので、


チェスターはの背中へと手を伸ばした。


その時、何かがはじけたように


チェスターの手を振り払い、近づく事さえ拒んだのだ。




「来ないで!近づかないで!!」


「…!」


「いやぁああ――!!」




暗くてよくわからなかったが彼女は泣いているようだ。


そして、見てわかるように様子がおかしい。


いやだ、助けて、怖いよ、と近づくものを拒み続けている。


彼女自身に何かあった事には違いない。


けれど、今はそれを確かめるときではない。


今は彼女の身体の方が心配だ。


チェスターはじわりと痛む払われた腕なんてお構いなしに


へと近づいた。


びくりと強張り、容赦なく抵抗する


目の前の人物が誰かもわかってはいないのだろう。




「来いよ、ほら。平気だから」


「……イヤだ…来ないで…っ」


「もう苦しまなくていいから、大丈夫だから」


「…いやぁ……」


「もういいから、もう…忘れろ」


「…、…」




腕をとっても、怯えなくなった頃、チェスターは


両目を塞いで彼女の視覚を閉ざした。


それからしばらくは唇を動かし何かを呟いているようだったが、


ふわりと全身から力が抜けたようにチェスターの腕の中に沈み込んだ。


眉根を寄せながらしがみつく様子には痛々しさを感じる。


後ろを振り返り、頷いてみせるとクレスは察したように


ミントを連れて部屋を後にした。


静かになった部屋でもう一度彼女をベッドに寝かせると


彼女に寄り添うようにして寝顔を見下ろしていた。














(後半に続きます→) inserted by FC2 system