(未来編・シリアス)














 risk















ひとつ。そしてまたひとつ。


ゆっくりと衣服のボタンを外していくと徐々に肌色があらわになってくる。


深緑の着物をフローリングの上に脱ぎ捨て、シャツをその上に重なると、


鏡に映っていたのは一糸まとわぬ自分の体だった。視線は


自ずと左肩へと向かう。痛々しく残る傷跡。消えない跡。


父に切られた刀傷。


当時は肉が見えてしまうほど深くえぐれてしまっていたが、


地道な休養やミントの法術のおかげでもう左手は前のように動くようになった。


けど、傷は残った。そっと触れる。


目を閉じると今でもあの情景が瞼の裏によみがえる。


焼きついている。姿も表情も。何もかも全部。


さよならしたのはずっと前だったのだけど。




「お父さん・・・・・・」




つぶやいた言葉は誰に届くわけでもなく消え去った。









 +









― インディグネイション ―




少し長めの詠唱時間からの魔術による攻撃は広範囲、しかも


威力の高いものだった。の左腕の示す方へと雷雲は集まり


豪音と共にそこにいた多くの敵をなぎ払った。


ふっ、と短くため息を吐ききると一層したばかりの野原を見渡した。


土煙が上がる野原を見て安堵の息を吐くもつかの間、仲間たちは


のことをよくやったという眼差しで見つめた。




さん、だいぶ様になってきましたね」


「ふふ、ありがとうミントのお姉ちゃん。でもまだまだよ。


 アーチェのお姉ちゃんみたいに詠唱早くできないもん」


「このアーチェ様に勝とうなんざ150年早いわよー」




はしょげるわけでもなくにへら・・・と笑った。


冗談を言い飛ばしたばかりのアーチェはそんなを一瞥したあと


こっそり目を落として細く長い息を吐く。クレス、ミントらと仲良く


会話を繰り広げているを遠巻きで眺めるアーチェに気づき


チェスターはそっとそばに歩み寄った。いつもはにこにこ笑顔を崩さない


アーチェが顔を曇らせたことに違和感を感じたようだ。




「・・・どーしたんだよ」


「へっ?なにがー?」


「しらばっくれんなよ。なんか今考えてただろ」


「・・・そう見えた?」


「見えた」




間髪いれずにチェスターが言葉を返すとアーチェは少し視線を中に這わせた。


しばらく悩んだ後「アンタにはいいか・・・」とだけこぼして


ぼそぼそと話しだした。チェスターの真剣な眼差しに喋らざるおえなかった。




「あの子、最近頑張ってるじゃん?」


か?」


「そ」


「あー・・・あいつは昔から負けず嫌いなところあるしな。


 みんなの重荷になりたくないーって張り切ってんだろ?」


「・・・」




考えるように沈黙したアーチェに「なんだよ」と続きの言葉を待つチェスター。


躊躇うにも近い口の閉ざし方に少し急かすような口調だった。苛立ちが含まれている。




「私の親友にもいたんだよね、クォーターの子。その子もやっぱり1/4しか


 エルフの血が入ってないせいで箒で宙に浮くだけでもすっごい努力してたんだ。


 私はずっとそれ見てたからさ・・・・・・だから。


 がどれだけ努力してるか、これでもわかるつもりなんだ」




1/4ということはそれはもうほぼ人間。血の薄まった状態での魔術は


危険すら伴うほどのもの。制御できるエルフの血の薄さに


詠唱した呪文が自分にはね返ってきてしまうリスクだってある。


そんなことを顧みず日夜人知れず影の努力をしていることぐらい、


アーチェにはわかる。半分の血しか持っていない自分だって、苦しんだ。つもりだ。




「最近のあの子、頑張りすぎな気がする」


「・・・・・・」


「心配なんだ。あのまま、どっか遠くに離れていっちゃわないかって・・・」




心配し俯いてしまったアーチェの背中をチェスターはぽんと叩いた。


わかった、とだけ静かに答えた。




は大事な仲間だ。離れていかないように


 俺たちがしっかりつなぎ止めてやろうぜ」




アーチェはうん。とそっと答えて、何事もなかったように箒を


すいすいと滑らせてクレスたちの輪の中に入っていった。




『 心配なんだ。あのまま、どっか遠くに離れていっちゃわないかって 』




アーチェの言葉を胸に刻み込む。自然と拳に力が入った。














(時々、あいつを遠くに感じる)(何、考えてるんだよ) inserted by FC2 system