My whereabouts



















〜朗報の章〜
















拝啓、父上様。







春風が心地よい季節となりました。


お父さんは如何お過ごしですか?


お体に変わりはありませんか?





私がこの村に来て、もうすぐ5年がたちます。


時間が流れるのは早いものですね。




この冬で私は13になりました。


身長もずっと伸びましたし、剣術も…




あ、そういえば…


お父さんに習っていた剣術…実は今も続けているんです。


お父さんが昔はなしてくれた友達の、ミゲール先生に稽古をつけてもらっています。




まだまだですが、早くお父さんにも見せたいです。


そして昔のようにまた…お父さんと手合わせしたいです。


そしてたくさんたくさん…私がこのトーティスでの生活もお話したいです。




だけど、お父さん…









 +









「(あなたは今どこにいらっしゃるのですか…?)」




便箋へとこめた最後の一文を、は何度も頭で繰り返す。


ペンをゆっくり置いて、便箋をたたむと何をするわけでもなく引き出しの中にしまった。


そしていつも通りにへら…と笑って見せる。




そうする事で、すぐ傍にいない父親の存在を…


負の方向へと流れてしまう自分の心を…




紛らわしているのだ。




「お父…さん……」




会いたい。


会いたい。


会いたい。


会いたい。









「(こんなの…やっぱり違う)」




がゆっくりとため息を吐き出したちょうどそのとき、


彼女の部屋の扉が開かれた。


の意識も自然とそちらへと向く。


廊下の明かりで陰になって見える人物




――それがゴーリだと気付くのにそんなに時間はかからなかった――




は、部屋を見渡しすぐさまの存在に気付くとほっと息をなでおろした。




「おぉ、起きておったか。…お前に会わせたい奴が来ておる…会うか?」




ゴーリは「会わせたい人物がウィルの知り合いの商人」だということを付け加える。


はグッとこみ上げる歓喜を抑えながら、大きく首を縦に振った。




ゴーリは静かに頷いた。









 +









時刻はちょうど夜の10時を回ったところ。


ゴーリの店は当の昔にしまっている。


けれど今日は特別…らしい。


えんど遥々(実際は近くを通ったかららしいが)やってきてくれたという商人…シェールは


ロックグラスを片手にチェスターと何事かを話していた。


シェールは今二階から降りてきたばかりのの姿を捉え手招く。




「こ…今晩は」


「ええ、今晩は。あなたがちゃんね…?話は聞いてるわ」




ウィルの小さい頃にそっくりね。


と付け加え、シェールはふふ…と微笑んだ。


は中途半端な苦笑いを浮かべながらテーブルに歩み寄る。




「チェスターのお兄ちゃんも…来てたんだね。…雑用???」


「ま、そんなとこ」


「…お兄ちゃん?」


「?」


「あぁ、こいつ…癖でよくつけるんですよ」


「へぇ…そうなの。そういえばウィルの奴もつけてた…かしらね」




ふーん…と意味ありげに笑うシェール。


よく見てるじゃないの、とには聞こえない音量で呟くと


チェスターはあからさまに顔を火照らせた。


さらに疑問符を増やす


グラスの氷が溶けて、かりん…と音を奏でた。




「頑張ってね」


「…なんで俺に言うんですか?」


「さて…何故でしょう…」


「???」




皮肉屋のチェスターもこの女性にはかなわないと思ったのだろうか…


ひじ杖をしたままふい…と視線をそらした。


くすくすと一通り笑ったシェールはさてと、と前ぶる。




「ウィルのことだったわね…。




 ウィルとは幼馴染だったの。同じ…ある小さな村で生まれて育った…


 彼はあなたくらいの歳になると剣術をやるっていって村を出て行ってしまって…それきり。


 彼は孤児だったから…誰に引き止められるってわけでもなかったそうよ


 そして…再会したのはあの日から10年後くらいだったかしら…私がまだ成り立てほやほやの商人で…」





























『パナシーアボトル2個とオレンジグミ5個を…ください』


『毎度。…………………はい、どう……ぞ……』


『ありがとう…




 シェールのお姉さん』














『相変わらず元気そうじゃないの』


『どうも。……シェールのお姉さんは相変わらず バカ そうだね』


『………いってくれるじゃないの…』














『また…君と話せてよかったよ。これで心置きなく戦える』


『戦う…?そうね……最近はここらも物騒になったものね』


『…。またな、“シェール”』
























「(それが…最後に聞いた言葉だったかしらね…)」




とろりとした瞳をやや伏せると大人の女性という風貌が顔を出す。


グラスに残っていた酒を最後の一滴まで煽ると、


シェールは今度はしっかりとを見据えた。


そして自然な動きで手を自身のカバンの中へ回遊させると、


そのままへと手を差し伸べた。


はなんの躊躇いもなく彼女と握手をする。


一瞬は目を見開いた。




「私が教えられるのはここまでね。…あぁ、最後にひとつ。









 “待ってるだけじゃ何も状況は変わらない。変わりたいと思うなら自分から変わることだ”









 これがウィルの口癖よ。覚えておきなさい?」




は手の中に感じる存在を握り締めたまま彼女に大きく頭を下げた。


態度に変化があったのだろう。


…シェールが意味ありげに笑っていた事もあるが、


チェスターは小さな異変に気がついた。


かさ…と音を立てるの手の中にある紙切れの存在。


そしてそれを大事そうに…こっそりと帯の中へとしまう彼女。


疑問を言葉にしようとしたとき、シェールが言葉を重ねてそれを阻止した。




「送ってくれるでしょ…?勿論」


「誰が。一人で帰れない年じゃないでしょう」


「こんなに遅くに襲われでもしたらどうするの…?」


「大丈夫です、トーティスにそんな奴いません。それにあなたを襲おうとする奴の顔が見てみ…………」


ちゃぁん。面白い話聞かせてあげよっか〜???」


「今までの言葉を撤回させてください」




上手も上手。


手を体側に当て深々と謝るチェスター。


シェールはふっと鼻で笑うとカバンを背負い、お酒の代金分のガルドをへと手渡した。


チェスターは面倒くさそうにため息をつく。




「じゃあまた明日な、。この人(おばさん)宿まで送ってくるぜ」


「…うん、お休み」


「おやすみ」




『男が女の人を待たせてどうするの?早く行くわよ』




「へいへい」




じゃーなと手をひらひらするチェスター。


チェスターが先に出て行ったシェールの後を追うように出て行き、


閉ざされた扉についてある金がカランカランと音を鳴らした。




時期にカサリ…という紙切れを開く音が聞こえた。









 +









「大切だと思うなら…絶対に縛り付けちゃダメよ?愛するってことと、私物化にすることは違うんだから…」


「…だからなんで俺に言うんですか…」


「先輩からの助言よ。しっかり受け取りなさい」


「……………………人生の?……………………――――ってぇ!」


「夜中になんて声出してるの?近所迷惑よ」


「…。(この女っ…!)」




握りこぶしで殴られた後頭部を抑えながらチェスターは内心悪態をついた。


ぎっと睨んだ視線の先…シェールがとても思いつめたような表情をしていることに気付く。


そして…




「(……………幼馴染に片思い…ってわけね)」




やれやれと肩をすくめるチェスター。




「覚えておくよ…」


「…え?」


「さっきの言葉」




そう…と呟くようにシェールは言葉を紡いだ。


静かに息を吐き出す彼女は、新たな一歩を踏み出していくようにも見えた。


止まっていた時間が今、動き出す。




「ここまででいいわ、ありがとう。




 …。あの子は…わかってるんじゃないかしら…?」


「…?何がだよ」


「(いらぬお節介…か)…………独り言よ」


「?」









あなたの気持ちも、




そして自分の気持ちも…




きっと気付いているはず








あの人がそうだったから…









空に点在する星々が…見守るように淡くかがやいた。














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