(ユーリ・シリーズ・年上ヒロイン)














Janne Da Arc 序章














それからはあっけなかった。

あれだけ終わりを望んだ戦いも瞬きするうちに終焉を迎えていた。

残されたのは戦いの爪痕と死に損ないと一見平和に見える世界。

世界から放り出された方がまだ幾らかマシだっただろう。



都合のいい人間は綺麗な表面だけを広め、死に損ないたちをたたえ、

そしてまるで戦争なんてなかったかのように息をしている。

否、どうしてこんなこと思うんだろうな。

望んでたはずなのに。

皆が望んで得た平和だというのに。


(消えない消えない消えない消えない)


あの日の臭いが、声が、温度が、記憶が、世界の悲鳴が。

べっとりと瞼の裏側に焼き付いて剥がれない。

そういえば眠ることが嫌いになったのはその頃からかもしれない。

今日もこうして息をしている。

血を、酸素を、エアルを身体中に循環させて生きようとしている。

体が生きることを望んでいる。この死に損ないが。

ああ。

嗚呼いっそ。


(――)


なんて思っていたら、あの人にまた怒られてしまうか。




+




アイツと出会ったのは忘れもしない。

その日暮らしのユーリにとっては腹が空けば自分で取るか作るかしないと腹は満たせない。

この日も流石に腹が減ったなと自室の扉を開ければ、

やれやれと言わんばかりに愛犬のラピードも腰を上げ自身の後についてきた。

たしかにお前も全然食えてねえよな。

悪いな、と頭を撫でてやると嫌がるわけでも噛みしめるわけでもなく

するりと先を歩きだし、ユーリはその光景に肩をすくめた。

皆まで言うな。相棒の後ろ姿はそう言っているようだった。




「ん?何か見つけたか」


ラピードの何かを探るような反応、吠え方にユーリは木々の生い茂る森の奥に目を見やる。

ピン、と毛が立つその様子から近くに魔物がいることを悟ったユーリは、

茂みに身を潜めながら武器を握る手に力を込めた。


「なんであんな所に…」


それが彼女への第一印象。

数体の魔物がうめき声をあげながら狙っているのは木。否、視線を辿るに上だ。

視線の上へと伝せていくと見えてきたのは細い、腕。

女のものであるとすぐにわかる華奢なそれはぶらりと垂れ下がったまま動かない。


「(魔物に襲われ、逃げ込んだってところか?)」


やれやれ。

何故こうも厄介ごとに巻き込まれるかねえ、と悪態ひとつ。

腹を空かせて結界の外へ出て来なければ、鉢会うことも無かっただろうに。

感謝しろよ、と思うが早いかユーリの持つ剣は勢いよく

虚空を切り裂き衝撃波が魔物をなぎ払っていた。

視界の端ではラピードも応戦し、いとも簡単に魔物を撃退していた。


「おい、もう大丈夫だぞ」


木の上に向かって声を投げる。

返事がないことを不審に思い、適当な足場を見つけて近くまで登ると彼女の姿に愕然とした。


「お前…。はは、まじかよ」

「くぅーん」


寝ている。

すーすーと寝息を立ててそれはそれは気持ちよさそうに。


「おい。おい、起きろー」


手の甲でペチペチと頬を叩くと、流石の彼女もダイレクト攻撃には

怪訝そうに眉をひそめ、寝起き特有の声をこぼして瞼を持ち上げた。

見えてきたのは空のような深みのあるサファイアの瞳。

亜麻色のふわりとした髪の隙間から覗くのは透明感のある肌。

ガラス玉のように透き通った瞳に釘付けになる。

顔立ちはいい。


「んだよ。人がせっかくいい気持ちで寝てんのに」


容姿とは相反して出てきた言葉は自分のそれに、先ほどとは違った意味で息を飲む。


「アンタ、魔物に囲まれてた中よく眠れんのな」

「はあ?魔物?」

「俺たちが撃退しといた」

「んー…あ??」


まだ頭が起きてないらしく、イテテと体を起こしながら頭をかく彼女。

ポーチから何か出したかと思うと「あーホーリーボトルじゃ無かったわけね」と

勝手に納得している。


「今何時??」

「…普通、礼を言うのが先じゃないのか?」

「はいはいどーも。で何時?」

「…………」


こいつ。

女で初対面でなければ手が出ていたかもしれない。


「ってえな!」


出ていた。


「昼過ぎじゃねーの?知らねーけど」

「お前女相手に加減しなさすぎ。絶対女いないだろ」

「お生憎様、こちとら興味ないんでね」

「女に手ぇあげる男は最低なんだぞ」

「礼を言えないお前は人としてどうなんだよ」


きっ、と睨み付けるも、先に折れたのは女の方。

すっと大地に降り立つと周囲に意識を配る。


「おーい、魔物はもう追い払ったぞー」

「追い払っただけならまたすぐ湧くだろーな」

「なんでわかるんだ?」

「これさ」


空の容器には黒いラベルにドクロマーク。

ダークボトルだ。

魔物を引き寄せてしまうそれにユーリの顔がおいおい、と歪む。


「昼過ぎってことはまだまだ効果適応時間内だな」

「…どーすんだよ」

「自分の失態は自分でケリつけるさ」


魔物の気配が近づく。

女は抱いていた杖を構えると一点遠くを見つめた。

その視線の先はユーリがきた方向、帝都がある。


「手、貸そうか?」

「お兄さん強そうだから有難いけど、貸し増やすのもなあ」

「昼飯奢ってくれたらチャラにしてやるよ」

「わふ!」

「ははっ、お前らちょろすぎ」


そーいうの、嫌いじゃないけど。

言うが早いか飛びかかってきたウルフを杖で殴り撃退する女。


「(へぇ…)」


寝起きとは思えない身のこなし、威力こそ少ないが

必要最低限の動きでかわしてダメージを与えている。

何者だ、という思いが強まる。

会って間もないユーリヤラピードの動きを見極め、やりやすいように誘導している。

魔物に囲まれても臆することなく瞬時に状況を見極め切り抜けた。

なんならそんな合間に他の仲間の補助や回復魔術を放つくらいには場慣れしている。



手練れだ。

どういう仕掛けか、杖は先端を引き抜くと剣が出る仕込み杖になっており、彼女には傷1つついていない。


前線で戦うユーリたちが最後の一匹を薙ぎ払うと

ボトルの効果も切れたようで一気に事態は収束した。

剣を杖の中にしまいながら女は言う。


「ごくろーさん。おにーさん、名前は?」

「ユーリ・ローウェル。んでこっちがラピード」

「わふ!」

「ユーリにラピードね。私は。悪いね、こんなことに巻きこんじゃって」


戦いの中ですっかり意識は覚醒したようで先ほどの不愛想はどこへやら。

クールな笑顔はそのままに、はラピードの頭をふしゃりと撫でた。


「全く。とんだ厄介ごとに出くわしたもんだ」

「はは、そう言うなって。なんか、おにーさんとは仲良くなれそーだわ」

「口説いてんの?」

「冗談。さ、飯食い行くんだろ?どっかいいとこ紹介してよ」

「あぁ、とびっきりんとこ連れて行ってやるよ」


口説いてんのはどっちだよ、なんていうといくらか力の抜けたパンチが飛んできた。




そんな彼女が彼の隣の部屋に住み着くようになるのは、ほんの少し先のお話。














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