(ユーリ・シリーズ・年上ヒロイン)









 Janne Da Arc 朝食









が下町に訪れて早くも一週間が経とうとしている。

場に馴染むのは職業柄得意と言ってのけただけの事はあり、すぐにその適応性をみせていた。

何の仕事してんだよ。と聞いてみると彼女は「んー、まあ話すと長いからまた今度な」

なんて言ってははぐらかすので聞くことも敵わず今に至る。


昼に起きて、食事をとってはぼーっとすごす。

本を読んだり、街の人とだべっていたり、昼間から飲んでいたり、色々だ。

…ユーリの目には自分と同じその日暮らしのちゃらんぽらんに見えて仕方がなかったが。


「お、うまそ。今日はハムエッグか」


洗面を終えて一階に降りるとカバーのかかった朝食が見え、よだれが出る。

ここ最近はずっとそうだ。

今まではこんなこと少なかったのに。

最近は毎日と言っていいほどうまい朝食にありつけている。

挨拶を簡単に済ますとパンにかぶりつく。


「今日のもなかなかイケるぜ、おばさん」

「その言葉はに言ってやんな」

「んぐ……。あ?なんで?」


一週間経つが午前中に彼女の姿を見たことは一度もない。

大抵太陽が真上に上がった頃に「暑い」だの「腹減った」だの言っては

ぼさぼさの髪のまま降りてくる女らしさのかけらもないのが彼女だ。

今もまだ二階の部屋ですやすや寝ているのであろう彼女の顔を思い浮かべて、顔をしかめた。


「はじめはタヌキかなんかだと思ってたんだけどねえ、どうもあの子が来てから

 キッチンは綺麗になってるし、店の備品も補充されてるし、朝食は出来てるんだよ」

「なんだそりゃ」

「テッドにここまでできるわけはないし、私も半信半疑だったんだけどね。

 主人が夜中トイレに行くときに鉢合ったんだとさ」

「へえ」

「何も聞かずに泊めさせてくれてるからこれくらいは、だと」


あの超が付くほどガサツそうながねえ。

大量に詰め込んだものをごくりと丸ごと水で流し込むと、

がぜん興味が湧いてきた彼女の事を思い足を運ぶ。


「ごっそーさーん」


自室に戻ると見せかけて階段を登ろうとする自分の背中におばさんの

「一体あの子は何者なんだろうねえ」という言葉が聞こえてきた。




 +




太陽が半回転して、代わりに月が町全体を優しく包んだ。

深夜。

しっとりとした夜の匂いが鼻腔をくすぐる。

静まり返った町に月明り以外の柔らかい光源を見つけてユーリは足を止めた。

だ。

昼間までのそれとは違い、亜麻色の髪を丁寧に束ね、しゃんと姿勢を正し、凛としている。

中央にある噴水の前で何やら指を重ねて目を伏せ、その姿はまるで黙とうしているようだった。

誰一人として起きていないであろうこんな夜更けに、一体何を。


「隠れてないで出てきなよ」


祈りをやめることなく、通る声でそう言った。


「…気づいてたのな」

「まぁね。一人旅してるとね、色々察しがよくなるんだ」


夜は特に感覚が研ぎ澄まされるのだと彼女は言った。

ふ、と呼吸一つ。

今まで彼女を取り巻くように包んでいた光は消え、彼女のサファイアの瞳とぱちりと合った。


「何してるんだ?」

「ん?悪だくみ」

「そんな風には見えないけどな」

「はは。人間見た目じゃないって」

「……」


自分の反応に言い逃れが失敗したのだと気づくと、は肩をすくめて石垣に腰を下ろす。

そしてぽんぽんと隣を叩きユーリを招き入れた。


「私がそんないい人に見える?」

「毎日出される宿の朝食」

「!」

「それだけじゃないぜ?ガキたちに文字を教えたり、酒場でギルドの連中宥めたり、

 挙句の果てには療養中のヤツんとこに毎日見舞いに行っては看病してるとか」

「……。おにーさん探偵かなにか?」


私のこと超調べてんじゃん。

口元の笑みは崩されることはなく、相も変わらず余裕気に月を見上げる


「下町は何かと情報が早いんだよ」

「へぇ。勉強になったや」


町を包み込むのは結界魔導器。

核となるものが要所要所に設置てしてあり、それらが共鳴しあうことで魔物の侵入を拒んでいる。

結界越しの夜空を見上げてはほう、と細く長く息を吐いた。

流石帝都。

結界が4重にもなっていてる。

これはしばらくここに滞在しなくてはいけないな。


「一体何者だ?」

「ただの通りすがりのお人よしですよ」

「はぐらかすなって」

「本当本当。日中のユーリが見たり聞いたりしたそれは仕事じゃないもん」


ただの慈善活動、とは付け加える。


「じゃあ本当の仕事は?」

「仕事って程でもないけど、簡単に言えば魔道器のエアルの循環を調節して

 人体に影響がないようにしたり、上手く力を引き出せるようにしてる、かな」

「なるほどな。んで、今はこの水道魔導器を見ていたと」

「そゆこと」


背後で流れる噴水の中心には魔核が埋め込まれている。

以前調子が悪くなった時には帝国直属の奴らがやって来て調整していたが

どうやら魔導師とは違うくくりらしい。


「一人で?」

「そ、もうずっと一人で。昔はもう少しいたんだけどね。町も家族も戦争でどかーんって」

「……わり」

「いいって。おにーさんも大概お人よしだね。出会った時も思ったけど」

「…そのおにーさんってのやめてくんない?実際アンタの方が年上だろ」

「あら、ばれてた」

「宿のおばさんに聞いた」


なんでも話すんだから―とはくしゃりと笑った。

確か聞いた話によると自分より3つほど上、らしい。

立ち振る舞いか、言葉遣いか。年齢っぽく見せないから言われるまで気付かなかったが。


「ユーリ君」

ちゃんって呼ばれたいのか?」

「嘘です冗談です。…じゃあユーリ」

「おう」

「左手出して」

「?」


言われるがままに手を差し出すと先日双剣を振り回していたとは思えない

華奢な指先が金色の腕輪に触れてくすぐったい。

この夜の雰囲気のせいもあってか、彼女との距離に柄にもなく緊張してしまうユーリ。

彼女が目を閉じたのと同時に柔らかく暖かい光が魔道石を包み込んだ。


「黙ってごめん。気になってるのは知ってたけど、言えなかったってのが本当。

 町によっては私の事を不気味に思ったり、面白半分に茶化してきたり…

 やりにくいことも多いんだ。中には“災厄”なんて言われたり石投げられたりもしたかなあ」

「大変な仕事だな」

「ま、町に浸透してないってのはこの世界が平和である証拠なんだけどね」

「黙ってた理由がなんとなくわかったよ」

「ふふ。…この町にそんな心配はいらなかったみたいだけど」


柔らかい光はまるで共鳴しあうかのようにユーリの持つ魔導器と反応しあっている。


「うん、やっぱり見込んだ通りだ」

「何が?」

「いんや、私にかかれば魔導器は口ほどにものを言うってこと!」


光が消える。

否、溶けて魔核に吸い込まれるといった方が正しいのかもしれない。


「なら、仕事が終わったらまた別の場所に行くのか?」

「そうなるね。近場で気になってるところもあるし…」

「ふーん」

「…あらあらユーリ君私がいなくなったら寂しいってわけ?」

「ま、退屈にはなるな。どっかの誰かさんはまだなんか隠してるみたいだし」

「謎多き年上の女性は魅力的でしょ」

「おーい。どの口が言ってんだー?」


相も変わらず減らず口。

そうこうしているようにメンテナンスは終わったようだった。

心なしか今まで以上に石の深みが増したように感じる。

彼女の言う「調整」が行われたのだろう。


「口止め料?」

「ただの気まぐれ、かな?言っても大丈夫。この町はみんな人がよさそうだ」

「そりゃ光栄だな」

「でも、またユーリの魔導器は気まぐれでメンテナンスしてやるよ」

「それはありがたい」


と言って立ち上がる彼女は次の魔導器の元に行くらしい。

よいしょ、と立ち上がった彼女にユーリは「ならメンテナンスついでに」と切り出した。

歩みを止める


「明日の朝食はスコッチエッグで頼むわ」


月光に照らされて、彼女はくしゃりと笑った。

年上とは思わせない子どもっぽい笑い方だと思った。














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